悲劇のヒロインぶるのをやめたい
初めて利用させていただきます。
分かりにくい表現などありましたら申し訳ございません。
下記から本題です。
悲劇のヒロインぶるのをやめたいです。
人から構って欲しいあまりに、
過去の嫌な思い出や体験を、身内も見ている鍵付SNSに書き込む癖があります。
自分の苦労を周りに知らしめたい、
こんなに苦労や我慢をしている私凄いでしょ、と心のどこかで思っています。
過去の出来事がトラウマだから今こんなに塞ぎ込んでいる、と自分や身内に言い訳をする為でもあります。
ですが、心の寂しさを誰かに慰めてほしいという気持ちがあるのも事実です。
過去に家族に悩み事を相談した際、相手にされなかった事が心に残っており、人と対面して悩みを打ち明ける勇気が出ません。
卑下慢という言葉を最近知りましたが、まさに自分だと感じています。
自分に酔わず、謙虚で素直になるにはどのような心構えでいればいいでしょうか。
変わるにはまずなにをすればいいのでしょうか。
よろしくお願いいたします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
それでいいのです・・・💚。
誰でも、大なり小なり「自分のことを知って欲しい」「自分に構って欲しい」と願うものです。
ちなみに、こんなザレ歌があります・・・。「世の中は 駕籠に乗る人 担ぐ人 肩の痛さに 腰の痛さよ」・・・そう、駕籠に乗っている人は「楽ちん」で「幸せ」なように見えるけど、「腰が痛い=辛い・苦しい」のです。
つまり、人は皆、それぞれ心の中に「苦しみ・悩み」を抱えているのです(他人には決して分かりません・・・😢)。
〈卑下慢〉・・・難しい言葉を知りましたね~。よく似た言葉ですが「謙虚」というのがあります・・・。どこが違うか、貴女は分っているでしょう・・・(多分)。
要は、心の向き方が「真逆」なのです。卑下慢は自分へ、謙虚は相手へ・・・。
最後に、親鸞様は〈邪見憍慢悪衆生(じゃけんきょうまんあくしゅじょう)〉とおっしゃっています。人間は所詮「自分中心の見方=うぬぼれが強く他人を見下す」ものだ、という事です。
それを自覚して、❝慎み深く、相手を思いやる気持ち❞を持って接していれば、自然と人間関係は上手くいきますよ・・・💛。合掌 南旡阿弥陀仏
質問者からのお礼
大塚芳明様
ご回答頂きありがとうございます。
頂いたお言葉が大変嬉しく、何度も読み返しております。
駕籠の話にハッとしました。
周りは楽しそうなのになぜ私だけこんな目に遭うのか、ずっとそう考えておりました。
自分の辛く苦しい事ばかりに目を向け、他の人も同じように悩み・苦しみがあると考えていませんでした。
家族に悩みを打ち明けた際、みんな辛いんだ!と突き放され、心にモヤモヤを抱えたまま何年も過ごしていました。
その時の言葉はそういう意味だったんだな…と今日ようやく理解できました。
頂いたお言葉を胸に、まずは身近な人から少しずつ、思いやる気持ちを持って接していきます。
ありがとうございました。