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精神障害者について

回答数回答 1
有り難し有り難し 16

精神障害者について御質問させていただきます。

精神病は仏教ではどう解釈されますか?
身体的な病気と同じ位地でしょうか?

お坊様からみたら、甘え、怠け、プライド、欲のコントロール不足といった煩悩にあたるのでしょうか?

精神疾患についての御質問を拝見させていただきますとメンタルクリニック、カウンセリング等、医療機関へ受診との御回答があります。

やはり医学的な問題、解決になりますか?
ただの試練の1つですか?

精神病とは何か教えていただきたいです。

御回答、宜しくお願い致します。

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ご質問ありがとうございます。

私は甘え、怠け、プライド、欲のコントロール不足などの自己要因だけが発症の原因とは思っていません。
環境因子も作用していることが大きいなと感じる立場です。

ですが、僧侶が精神障害の診断をする立場でないと思っています。
診断をするのは医師なので医療をさしおいて、仏教的な主観を基にしたウェブ上の対話のみで判断することは、命にかかわる深刻な場合、ちょっと怖いです。

私は身体的な障害のひとつに精神障害もあると思っています。

精神病とは診断基準に定義された状態にあてはまると医師が診断した状態と思っています。

試練かといわれると、うちの本尊の阿弥陀如来は救いの仏であって、試練を与える側でないと思うのですが、辛い気持ちを乗り越えたり、付き合う中で試練と捉える方が生き易い方も否定できないと思います。

歯切れの悪い回答でごめんなさい。

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有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

質問者からのお礼

御回答、ありがとうございます。

御意見が聞けて良かったです。

参考にさせていただきますm(__)m

ありがとうございました。

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