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つらい経験の意味

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有り難し有り難し 16

つらい経験の意味を教えてください。つらい経験をして私も不当に扱われてしまう人の気持ちに寄り添えるようになりました。たくさん種類はありますが私自身がある意味でのマイノリティとして同じマイノリティの人の気持ちが痛いほどわかります。しかし世の中には他人の気持ちを考えない言動や行動をする人は沢山います。そんな無神経な人が嫌いですが心底羨ましいです。恵まれて自分に自信を持って育ってきたのかなと勝手に想像して羨ましいのです。本当は私もそっち側の人間になりたかったのです。私の今までの困難に意味はあるのでしょうか?


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

【追記あり】意味は深まるもの

ご相談拝読しました。たくさん辛い思いをされてきたのですね。

人生には様々なことが起こりますが、それらはどれも意味があって起こるのではありません。起きる原因があるから起きるのです。

でも、起きた物事に意味を見出していけるのが人間です。あなたが辛い経験から不当に扱われてしまう人の気持ちに寄り添えるようになったとおっしゃるように、人はその経験から育てられていくことができるのです。

これからのあなたがこれまでのあなたを深めていく。深まったこれまでのあなたがこれからのあなたを活かしていく。

過去も未来もまだないとはいいますが、同時に過去と未来から分断された今もありません。
今という一瞬に過去のあなたも未来のあなたもいるのです。

色々なことに気がつかない人生の方が楽なのかもしれない。でも本当のことを知らないことで楽な人生は実は虚しいのかもしれません。

辛くとも苦しくとも、それらと向き合い引き受けていくところに実は満足があるのではないでしょうか。

【追記】
お返事拝読しました。
あなたのおっしゃる「生まれ持ったものに対する出来事」がどういうことを指しているのかわかりませんが、全ての物事には原因があります。生まれ持ったものも、起こることも。

その原因の全てが人間の知識・思考でわかるとするのは勘違いですし、ましてや原因をコントロールできるわけでもありません。

しかし、何の原因もなく起こることはないことを悟るならば、神などの運命の支配者を想定して「なぜ神は私をこんな目に」と絶望することもありませんし、呪いや祟りなどの迷信に惑わされることもありません。

道端にある石ころ一つもそこにある原因があるのです。神がだれかを転ばせるためにそこに置いたわけではありません。

何らかの原因で宇宙が始まり、太陽系・地球ができて…膨大な時の流れの中で様々な因と縁を経てそこに石があるのです。

それを人は偶然というかもしれませんが。必然の偶然なのです。もちろんあなたもそうです。

それを「不可思議」(人知で思い計ることはできないが、原因がないというわけのわからないことではないという様な意味)といいます。

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有り難し
おきもち

個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

私以上に辛いを経験をされている方が多いです

お早う御座います。

私も、妻を病気で看取ったり、長男に小野い障がいがあったり・・ご縁を頂いた方を震災で失ったり、これでもか、これでもか・・と押し寄せる困難に自分自身を見失って自殺もしました。

私以上に、難儀する方が多くその困難の中にいる方々を思うと・・胸が痛み切ない思いです。

与えられた試練は乗り越えられるから、与えて頂けるんだな・・と思考を変えて思いました。私は、過去の出来事をプラスに変えて・・お坊さんとなり、困難の中にいる方々と心から寄り添える事や、その困難を乗り越えた事を活かして仏教の観念から抜苦与楽の精神でお救いをさせて頂く事が、とても仕合せにコツコツ・・と地道に活動をさせて頂いております。

出家前に、ご師僧さまから・・過去の出来事はマイナスでも無意味な事でもなく、その経験が活かされるときが来ます・・とお話をされました。まさに、その通り今その過去の出来事がプラスとなり活かされてます。

私たちは、煩悩や欲に我というものに心を奪われたり捕らわれたりしてしまいます。それらを消し去るとこが出来ず、生きてく上で上手に共存していく必要があります。この世には、無駄ということや、無駄な命はありません。過去に経験して来た出来事を積み重ね、今がり失敗や成功、困難を乗り越えて来た出来事が必ず活かされるのです。

辛き出来事が多く、善き出来事が少ないのも、私たちは有難さを忘れてしまうからです。逆の人生だったら・・有難うという事がなくなってしまうのです。

失敗を経験して、苦労を経験して・・自分のものにして行くのです。人生と運命、自分自身はくらでも変えられます。変えられないのは宿命。生まれた時と時間です。困難な出来事は、長い冒険旅行という人生で必ず活かされます。誰かを必要として、誰かがあなたを必要として・・過去でもない、未来でもない、二度とないこの瞬間を生かされています。あなたには、あなたにしかない良さがあります。大切な心を奪われたり、惑わされずに。あなたらしく人生という冒険旅行を仕合せに歩めますように、心からお祈り致しております。

合掌

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おきもち

皆様、初めまして。ストレスの多い現代・・お寺とはご葬儀や法事のみではなく、悩みを相談し気軽に参拝出来る”心のよりどころ”であって欲しい・・・その願いを叶えさせて頂きました。仏縁を頂き真言宗の小さな手作りのお寺を開山させて頂き4ヶ月が過ぎました。妻を脳腫瘍で看取り、東日本大震災で彼女を失い、父を心筋梗塞で看取り、障がいのある長男と健常児の次男を育てる父子家庭の父、押し寄せるこれでもか!と来る障害。・・どうにかなるさ!と思考を変え、今日に至っております。一切衆生をお救いする事、それは経験させて頂いた出来事があるからこそ、その痛みがわかるからできるのことです。迷わず、負けずぶれず道一筋に、あなたの希望ある光輝く人生を楽しめますように。濃霧も時がたてば天晴の如く見通しが良くなるように人生の羅針盤となり皆様に寄り添い、慈悲の回向の光を届けさせて頂きます。 開かれたお寺と志を忘れないよう挑み続けます。合掌 礼拝

質問者からのお礼

コメントありがとうございます。
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