死について
こんばんは。
このサイトを拝見して少し自分について考え直すことが出来た様に感じます。
私は今を精一杯生きて、自分が苦しいときや、迷ったりした時は仏様に救いを求めようと考えています。
しかし、私は死んでしまう時のことを考えて恐ろしくなってしまいました。仏様の教えには諸行無常と言う物があり、全ては無に帰ると聞いたことがあるので、死んでしまった後のことは余り考えない様にしています。
ですが、死んでしまうその時が恐ろしくなってしまいます。勿論誰だって痛かったり苦しいのは嫌だと思います。
しかも私は、何も無い人間なので、孤独死だったり、重い病気にかかってしまったりするかも知れません。
死に対する向き合い方を教えて頂くことが出来たら幸いです。
新型コロナウイルスが流行し、自粛を続ける生活の中で、考え込んでしまう時が増えた様に感じます。毎日ニュースも暗いものばかりで、何も手につかず、ずっとぼんやりしてしまいます。早く元の生活に戻れることを願っております。皆さんお体に気をつけてください。
ご回答いただければ幸いです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
諸行無常は無に帰ることではない。
仏教には三法印・四法印という3つないし4つの特徴がありまして、その最初が「諸行無常」ですね。
ただこれは部派仏教という古い時代の考え方でして、その教えも日本の主流を占める大乗仏教では引き継いでいますが、大乗仏教の基本は「諸法実相」の一法印です。がゆえに死後の幸せな世界とされる極楽もあるのですし、六道という輪廻転生した後の世界も実体化されて語られるのだと思います。
変に意識しすぎない。
ご質問ありがとうございます。
不安なお気持ちもすなおに聞かせていただきありがとうございます。
死に対する怖さは私もあります。
言葉の使い方かもしれませんが、私の師事する宗祖は、往生という言葉を使いました。
往く、生まれるという文字を重ねました。
人生を卒業するイメージかなと思います。
あと、諸行無常は無に帰るという意味ではなく、あらゆる行いは当たり前のように続くとは限らないというふうに私は解釈しています。
いいことが長く続くとは限らない反面、悪いことも長く続くとは限らない。
そうそう、さっき、財布の中の千円札をみて思ったことがあります。
千円札見るとお金を想像しますが、もっとよく見ると野口英世さんの顔があります。
野口英世さんの時代は黄熱が流行り、もっと大変な状況でした。
それを乗り越えての令和があるわけで、今回も知恵と工夫を大切にして乗り越えたいなと思っています。
死は向き合っても避けてもそのうちやって来ます。
それより、生にしっかりと向き合ってくださることを願います。
平凡も立派な魅力です。
質問者からのお礼
ご回答いただきありがとうございます。
誰でも死に対する恐怖はあるとお聞きして少し安心しました。
死に対して怖がるよりも今を大切にする事が重要だと気付かされました。
平凡も魅力と言うお言葉に本当に救われました。
沢山ある質問の中から見つけて下さって本当ありがとうございました。
ご回答ありがとうございます。
三法印、四法印と言う考え方がある事を初めて知りました。
今までは死んでしまったらそれで終わりだとかんがえていたので、驚きました。
極楽や六道輪廻があるならば、極楽にいかせて頂く事が出来る様に生きていかなければならないなと感じました。
仏様の声に耳を傾けられる人間になれる様に頑張りたいと思います。
多くある質問の中から見つけて下さってありがとうございました。