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死産した赤ちゃんにしてあげられること

回答数回答 2
有り難し有り難し 15

妹が二人目を20週で6月1日(父の誕生日)に死産してしまいました。

辛すぎて見ることもできず、預けてあるそうです。
明日(金曜日)の朝一で火葬なのだそうですが、一緒にすごすことを拒否してるため、私たちは何かしてあげたくて方法を探してます。

親がしないのだからしない方がよいのかもしれませんがかわいそうで。
ガーゼしかいれるものがないのでいれようかとは思ってます。

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

寄り添いながら、香を手向け手を合わせましょう

 妹さんにとっても、身内の皆様にとっても、本当に辛く悲しいことですね。心よりお悔やみ申し上げます。

 火葬の場に立ち会うのも難しい状況なんですね。こういう場合は、かけてあげる言葉も見つからないですね。無理して声をかけなくても良いかもしれません。伝統的な供養の仕方で、中陰供養があります。亡くなって四十九日間はこの世の人でもない、来世の人でもない、中間の状態でいると言われております。その状態を中陰(中有とも言います)と言っております。それで、一般には、四十九日目までの7週間の間、故人の冥福を祈って供養することを中陰供養と言っております。一般には、初七日、二七日、・・・、七七日までの7日目ごとに故人のために、供物をそなえたり読経したり焼香したりします。地域によっては菩提寺の住職に自宅に来てもらい、読経してもらう場合もあります。

 可能な範囲で結構ですから、7日目ごとに妹さんのところに行き、お線香をあげて手を合せてあげてください。時には、お菓子か果物を少し備えてあげても、良いと思います。無理して声をかけなくてもいいです。初めのうちは、お線香をあげたら「また、お参りに来るね。」と言って、すぐに失礼した方が良いですよ。お参りを繰り返す中で、妹さんも少しずつ落ち着いてくると思います。自分の方から、話始めると思います。其の時は、いい聞き役になってあげてくださいね。

追伸
 胎児の段階で死亡したり死産したりした場合、必ずしも戒名を付けるとは限りません。其の地域の風習、其の菩提寺さんの方針、御遺族の考え方によって異なります。位牌についても個人個人の考え方で異なります。戒名を付けてもらえば、位牌を作る場合もあります。戒名を付けなくても、元気に生まれれば付けたであろう俗名の位牌を作る場合もあります。妹さんの嫁ぎ先のことでもあるので、現時点では「絶対に位牌を作るべき」とは言わない方が良いでしょう。

 飽くまでも私の個人的な意見ですが、落ち着いたら「位牌は作っておいた方が良い。」と思います。突然お寺に水子供養を頼みに来る方で、事情を聴いてみると、「病気や事故が続くので占ってもらったら、死産した子供の供養をしていないからと言われた。」と答える人が多いんです。占い師の法螺に右往左往するのは情けないことです。でも、「死産した子の供養もきちんとしています。」と言える方が良いですね。

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有り難し
おきもち

個別相談可能
 目の前の方の悩みや気持ちをしっかりと受け留め、心を開いてもらうように努めております。決して容易いことでは有りませんが、一期一会の気持ちで相談に、葬儀法事に励みたいと思います。    最初法学部部にで学び、4年間ほど公務員をしていました。(税務署勤務)その当時の学びと経験を終活相談に活かしたいと思います。                                              昭和63年5月に住職となってから、30年が過ぎてしまいました。仏教学・禅学もそこそこ真面目に学んだつもりですが、宗教学・宗教民俗学に力を入れて学びました。そういう分野については丁寧な回答が出来るかも。
一人一人の気持ちに寄り添い、傾聴に徹して、心をほぐしてあげられるよう、努めたいと思います。 それと同時に、完璧に出来るとは限りませんが、其の人が歩むべき方向を一緒に考えてあげたり、次の一歩を踏み出せるよう背中をおしてあげられるよう、努めたいと思っております。

まだ間に合うなら、一輪、一抹でいいので花と香を供えることができるならしてあげてください。
何も考えていないわけではなく、悲しみが深すぎる当事者だからこそ、立ち合えるだけのダメージ回復がなされていないだけかと思います。

とはいえ、親ができないなら誰か代わりに立ち会った方が後で後悔や自責を防げると思います。

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有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

質問者からのお礼

ありがとうございます。

一緒にすごしたくなくて斎場に預けていて、火葬後も、家におきたくないと義母の家におくようです。

なので、私たちは手を合わせに行けなくて。

位牌は作った方がよいのでしょうか?
妹夫婦は全く考えていないのですが。
いないものと思っているようで。

参考になりました。
本当にありがとうございます。

追伸ありがとうございます。

そうなんですね。
落ち着いたら話してみようと思います。

その家の方針、やり方というより無知なので落ち着いたら話だけでもしてみようと思います。

お骨を食卓におくようなのですがよいのでしょうか?

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