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人生を楽しく生きるためには。

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有り難し有り難し 11

ただ生きていることが辛い。
死は生からの開放でありもう苦しまなくて済むんだよ。
考えて行動しなくて済むんだよ、足掻かなくていいんだよ。
全てから目を背けられるんだよ。でも死にたいわけじゃない。
楽しい人生を過ごしたいんだ。でもそれの逆を行っている。

大学生の頃までは自分本位に遊びまくって他人を傷付けたり迷惑をかけて生きていました。この時の方が人生は楽しかったです。

ただ年齢が上がるにつれて自分本位では生きていけないことを当時付き合っていた恋人や友人から教えもらい与えてもらいました。
他人を思いやる心、素直な心、受け入れる心。たくさんの書籍を読み漁り、人に助けを乞いそれらを学び行動していきました。今では自分の成長を感じます。

その成長により得られたものは友人だと思います。社会人になっても付き合ってくれる友人はそれなりにいると思います。ありがたいことです。
親や兄弟といった家族もいます。人に支えられて生きていることが実感できます。
でもいつかは友人も疎遠になり、家族もあと2-30年もすれば先に死にます。

またMBAに通って政治経済・経営・心理・歴史と色々なことを学び得た代償はとても大きかったです。現時点では未来に希望がありませんでした。
私は希望を探すためにこれからもずっと学び行動して行かなければいけません。

ただ学んだ先に希望と絶望のどちらに行き着くかはわかりません。
私は学ぶことが好きなわけではありません。どちらかと言うと苦です。
でも自分に何か科していないと自分という存在が足元から崩れそうで怖いです。

歳を重ねるごとに虚無感が増していきます。
なぜこんな悩んでも解決しないことに時間を費やしているのか。
それは逃避だから?逃避だとすれば学びからの逃避なのか?

これから頑張って生きていこうと学び足掻いても辛い。
足掻かずにただテレビ、ネットをするだけの人生も辛い。
わがままで傲慢ですね。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

活きる!

感性が鋭いのでは?良くも悪くも。
鈍い人だったら、今だけ楽しければいいや、適当に生きよう、と思うのかもしれません。私の友人にもいましてね。羨ましいと思うことすらあります。

すべては「無常」であります。
一瞬たりとも同じものはない。
それを分かっているから、虚無感に苛まれるんですよね。
あなたの仰る通り、友達がいつまで自分の近くにいるかはわかりません。家族も然りです。
そして、寿命もいつ尽きるかはわからない。
だけど、いつ?どこで?そう考えているうちに、人生は終わってしまうかもしれませんよ?
「人の寿命は無常なり。老いたるも若きも、賢きもはかなきも定め無き習いなり。さればまず、臨終のことを習うて後に他事を習うべし」
これは、日蓮さんの言葉です。
年を食ってようと若かろうと、頭が良かろうと悪かろうと、そんなことは関係なく、人の寿命がいつ尽きるのかは誰にもわからないのです。だからこそ、今を、この瞬間を大切にしなくてはならないんだと思います。
虚しいな、と感じることはあります。
自分の歩んで行く道の果てに希望が待っているのか、はたまた絶望が待っているのかはわかりません。しかし、わからないことは考えても仕方ないのです。そんなことを思わないほどに無我夢中でこの生を生ききっていかれてみては如何でしょう?
どうぞ、明るい人生でありますよう

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