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死んだ人を忘れるには

回答数回答 2
有り難し有り難し 24

はじめまして、初めて質問させて頂きます。
今すぐというわけではないですが、近いうちにこの世から消えてしまいたいと思っています。そこで質問なのですが、親はすぐに私のことを忘れてくれますかね?
親には幸せになってほしいので、いつまでも私のことを引きずって欲しくないです。(もしかしたら引きずらないかもしれませんが)

もちろん親のせいで自殺するわけではありません。むしろ親にはたくさん愛情を注いでもらったと感じていますし、私も両親が大好きです。
ですから尚更私が居なくなった後は気にせず、2人で幸せに暮らしてほしいです。
周りの人間に死なれた人というのはどのくらいで立ち直れるものでしょうか?
私も幼い頃に祖父が亡くなりましたが、あまり話したこともなく、幼かったため、そこまで深く悲しんだ覚えが無いのです(罰当たりかもしれませんが)。

また、親に自分のせいだなんて思って欲しくないのですが、どうすれば良いでしょうか?
手紙を遺しておくべきでしょうかね?

この相談を今書いていますが、涙が止まりません。私は本当は生きたいのでしょうかね、もうわかりません。

長々と失礼致しました。ここまでお目通し頂きありがとうございます。上記の質問に何かアドバイスお願いいたします。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたを心から待ってます

拝読させて頂きました。
あなたを忘れることなどないと思います。あなたはかけがえのない方です。
あなたがこの世に生命を受けて生まれくるにも沢山の生命が注がれてきたでしょうし、あなたが今まで成長するのも沢山の方々の愛情が注がれ沢山の生命があなたに与えられてきました。
それは本当に尊いことです。
あなたは本当に大切な人ですし、あなたは沢山の方々とつながっています。今も私たちとつながっているのです。

あなたは今とても辛い思いを独りで抱えていらっしゃるのかもしれません、宜しければぜひあなたのその思いを教えて下さいね。この場所でもあなたの思いを共有しながら考えてみましょう、そしてできることから始めていきましょう。

繰り返しですがあなたは決して忘れられることのない大切な方です

私たちもあなたとつながりながらあなたのお話を聞かせて頂きたいと切に願っていますからね。

先ずは一息ゆっくりと呼吸なさってみてからあなたのお気持ちお話し下さいね。

再度拝読させて頂きました。
あなたの「死にたい」という思いより「死ぬしかない」と思っている、そう思うこともあるかと思います。また「普通に生きることができない」そうお感じなさっていらっしゃることも読ませて頂きました。
その思いも含めてもう一度ゆっくりあなたの気持ちをお話なさってみていただけませんか?
一つ一つ言葉に出していく中でまたあなたの心の中の生のお気持ちを出してみて様々な気づきもあると思いますし、気持ちを整理することもできるのではないでしょうか。
そして改めて「普通って何だろう?」「普通に生きることって何だろう?」等々あなたにとってのことも見つめなおすことができるのではないかと思います。
この場所で質問なさってみてもいいと思いますし、オンラインでご相談もできるかと思います。或いはここには沢山のお坊さんがあなたのお話を直接聞いてその人なりのアドバイスをなさって下さると思います。

あなたをお待ちしています。そしてあなたを心から応援しています。

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おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
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地蔵和讃を思い起こします

涙があふれるのは、もし貴方に亡くなられたら親御さんがどんなに悲しむかを貴方自身が本当はわかっていらっしゃるからではないでしょうか?子に先立たれた親御さんの思いについては、是非「地蔵和讃」という御詠歌をご覧になって頂ければと思います。ネットで検索して頂き、良くその意味を咀嚼して頂ければと思います。

この歌は、十に満たない子供が不幸にも事故や病気で亡くなった後、三途の川のこちら岸の賽の河原で途方に暮れ、獄卒と呼ばれる鬼たちに理不尽な仕打ちを受けるという、一見すると本当に酷い歌なのですが、、ここで描写される子どもたちの苦しみは実はそっくりそのまま子を不幸にも亡くした親達の慟哭が描かれていると思うのです。

子供の苦しみはそっくりそのまま親の慟哭、そして親の慟哭が子供達の魂をこの世にへばりつかせる呪いになってしまう。親や子供の魂を救うには、死者を供養し、そして仏に一切をおまかせする以外なし、というのがこの歌の趣旨なのでしょう。言葉で言えば簡単ですが、実際に当人になれば、それはどんな葛藤と苦しみがつきまとうことなのか、、、

今の貴方に、親御さんが自分の供養をしてくれて自分も安楽にあの世に旅立てるだけの覚悟はありますか?「死」という物に、そこにさえ行けば安楽になるという幻想を抱きすぎていませんか?その状態で安易に「死」を選び、もう引き返せない刹那に、どうしようもない後悔と、恐ろしさと、苦しみが襲ってきたらという怖さはこれっぽっちもありませんか?そして死後もその苦しみが永遠に続くのではという恐れはありませんか?

どんな取り返しのつかないと貴方が思う状況になったとしても、生きていればその先があります。それは死を選ぶより恐らく最終的には楽なことだと思います。どのようなご事情でそのような考えに至ってしまったのかはわかりませんが、生あるうちに、貴方の心に平安が訪れることを願ってやみません。

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おきもち

片田舎の真言宗智山派寺院の一僧侶です。宜しくおねがいします。
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質問者からのお礼

御返事頂きありがとうございます。
そうなのですね....、本当は忘れて貰えるのが1番ですが、もし忘れられなくとも、私のせいで辛い思いはして欲しくないと思っています。

こんな私にも「つながっている」と仰って頂けて嬉しかったです。誰にもこんな話はできなかったのでとても嬉しかったです。

辛い思い、と言いますか、全て私の能力不足なのですが、社会で言われるところの「普通の人生」とやらを歩めなさそうで絶望しています。
本当はもっともっと大変なことで苦しんでいる人がいる中で、こんなことで命を絶ちたいだなんて本当に罰当たりで贅沢なんだろうと思います。

けれど、「普通」にするための努力の仕方もわかりません。誰に聞いたらいいのかもわかりません。
みんなは当たり障りなくできていたり、頼る人がいるようですが、私にはいません。いつもどこか努力の方向がズレていてうまく行きません。
人より秀でたこともなく、普通もしくはそれ以下の人間なのです。

このまま「普通」に生きて行けなかったら、親はきっと私を恥に思うでしょうし、私自身もそんな自分とだらだら生きていく自信も勇気もありません。夢もありません。

今気づきましたが、「死にたい」というよりは「死ぬしかない」に近い気がしました。

長々とよく分からない文をすみませんでした。
本当に親身に御返事下さりありがとうございます。

持斎様
お返事頂きありがとうございます。
そうですね、仰る通りだと思います...。
私自身、両親が大好きなので、そんなことになったら苦しくて辛くて堪らないと思います。だから何処かで、自分もそういう思いをさせる事はわかっているのかもしれません。忘れて欲しいという願望はありますが、そうもいかなさそうなのは自分に当て嵌めて考えると身に染みて分かります。
「死ぬしかない、お先真っ暗だ」と思っている自分にはその覚悟はないです。逃げているだけです。本当にそうだと思います。きっと後悔もすると思います。しかし、今はだからといってこの状態で生き続ける道をとる勇気も気力も弱い私にはありません。今はまだそのようにしか考えられませんが、少しでも死よりも結果的には生きている方が楽を信じたいと希望にしたいと思いました。
本当に御回答下さりありがとうございました。

Kousyo Kuuyo Azuma様
再度御回答下さり本当にありがとうございます...!
心の中の生の気持ちと向き合うことで少しでも落ち着いて自分を理解したいと思います。混乱して思い詰めて投稿したぐちゃぐちゃな質問に本当に親身に寄り添って頂きありがとうございます。
少し自分を落ち着けて(上手くいくかは分かりませんが)から再度ハスノハへ戻ってくることができたらと思います。
温かい御言葉本当にありがとうございました。

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