苦しいです
いつもコメントをくださる皆様ありがとうございます
母の自死からなんとか立ち上がろうと何度もここを頼らせていただいています
だけど…限界を感じています
母の死を受け止めようとしましたし、残されたいざこざもなんとかしたい・なんとかしようと思ってきたのですが…
心と体が悲鳴をあげています
なんでもない瞬間に涙が出たり、ただただそこにいることがとても恐ろしくなり…例えばベランダから飛び降りそうになってしまうのです
それを抑えるのにも大変な労力が要ります
たぶんですけど、母もこんな状態で死んでしまったのかもしれないと思いました
とても悪い意味で「心が震える」という感じでしょうか…
胸が痛く、苦しく、呼吸もままなりません
でも、どこも悪くありません すべてストレスでしょう きっと、私の自然な死はまだまだ
それまでこんな心と体の苦しみは続くのでしょうか
残された実家の家族を、私には支えきれない
手を離したい
でも、
私が手を離したら…きっと家族の誰かが母の後を追う
福祉に繋げたつもりだったけれど、家族が福祉を拒みました…
もうどうしていいかわからない…
私にできることはない…
勝手に手を離しても、「家族」だから
いつか私に尻拭いがやってくると思うと…
生きている意味があるのでしょうか
ただ苦しいだけです
人間誰しも、楽しいばかりではないです
みんな何かを抱えている
わかっているのだけど…
それを乗り越えられる強い人がいて
でも、乗り越えられなくて自ら死を選ぶ人もたくさんたくさんいて
私は後者なのだととても強く感じています
私にはずっと希死念慮があったけど、
それとは違う「限界」を
今まさに感じています
できれば家族のためにもここは乗り越えたいです
一時的なものでも構いません
何かアドバイスをいただけないでしょうか…
よろしくお願いいたします
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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手は離す。離した手は自身の手当に!!!
書いてくれてありがとうございます!
ご相談文みました。
辛い気持ち抱えていて、自分自身のケアが不十分なうちに家族のことがのしかかってるのが原因。
福祉を拒むのは家族が選んだ選択肢。
家族に引っ張られていた手を自分自身の胸にあてて、心臓の鼓動を聞いてください。
あなたは生きてます。
あおさんは、生きてますよ。
本来は自身を手当すべきその手を家族に引っ張られてるせいで死にたいくらい辛い気持ちになってるのは分かります。
けど、無防備なまま火の中に手を入れたら僕でも火傷します。
素手で毒を握りしめてたら、そこから身体は蝕まれます。
母の自死のせいでむき出しになってる あお様の心を他者にむけるには、もう少し傷が癒え、コンディションを回復させなければ、ダメージが深くなる。
それが文面から伝わりました。
自分をいのちは自らの両手だけで支えられるほど軽くはないことに気づいて、家族より自分の手当を優先してください。
死にたい気持ちを強めるのはその後からでも遅くないです。
なんまんだぶつ
+++
返信ありがとうございます。
助けてほしいし、家族を助けたいお気持ちを聞かせてくれてありがとうございます。
ホントは助かりたいんだよね。
私も家族も助かりたいんだよね。
+++
聴かせてくれてありがとうございます。
逃げたい気持ちも教えてくれてありがとう。
どうやって逃げるかの逃げ方、安心できる避難先があれば、未来も変わるんでしょうけど、すぐに提示できなくて、はがゆい。。
+++
言葉を聴かせてくれて、ありがとうございます。あおさんの言葉が支えになります。
強すぎる光を避ける日陰のベンチ、回復にはいい場所だと思います。
少しずつ、少しずつの健やかさを念じます。
++++
心配ですね
心当たりはありますか
明日は15日 月の半分ですが、何かの期限などあるんでしょうか。
電話するかしないか、
無理やり勇気を絞り出すストレス、
後悔が残るストレス、、
どちらの方が傷が浅くて済むか。
思いを分かち合いましょう
拝読させて頂きました。
お母様の死を乗り越えようとあなたは一生懸命に頑張ってきたのですね。しかしあなた自身の心も限界なのですね。詳細なあなたや皆様のことはわからないですけれども、あなたの辛いお気持ち心よりお察しします。
あなたが今まで自分の心の中で抱えて必死に耐えてきたこと、ご家族にも言えずに我慢なさってきたことも沢山あるのではないかと思います。そうしたこともあってあなたの気持ちも限界まで達しているように感じます。
あなたの苦しみをお話しなさって下さい。ここでも沢山のお坊さんがいらしてあなたのお気持ちに耳を傾けています、仏様や神様やご先祖様もあなたの思いにいつも向き合って受け止めて下さいます。
あなたもご家族の皆様もそれぞれに苦しんでいらっしゃるのではないかと思います。
できればそれぞれに自分だけで苦しみを抱えずに、あなたも皆様もそれぞれに思いを他者と分かち合ってみて下さい。
遺族の分かち合いの会もありますから、宜しければご参加なさってみて下さい。
そこでご自分の思いを吐き出してみて下さい、或いは様々な方々の思いに耳を傾けてみて下さい。様々な思いやお気持ちをお話しなさって頂く中で、沢山の方々のお気持ちを聞いていく中で少しずつ自分の心もゆるやかになっていったり少しずつ軽くなっていくものですからね。
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お母様が心から安らかになります様心からお祈りさせて頂きます。至心合掌 南無阿弥陀仏なむあみだぶつ
そしてあなたや皆様がそれぞれの思いや苦しみを沢山の方々と分かち合いながら少しずつ心軽くなり穏やかに毎日を生きることできます様に、皆様がお互いを思いやり健やかに毎日を生きることできます様に切にお母様にお祈りさせて頂きます。至心合掌
そしてあなたや皆様が与えられた天寿全うなさる時、必ず仏様や神様がお導き下さり、お母様やご先祖様が優しくお迎えなさって下さいます様に、再会を果たし喜びを分かち合います様に、心安らかになります様に切に仏様や神様やご先祖様そしてお母様にお祈りさせて頂きます。至心合掌 南無阿弥陀仏なむあみだぶつ
質問者からのお礼
コメントをくださった方々、本当にありがとうございます
正直、壊れそうです…
私は私だけを守るので良いと思おうとしました
だけど…
私が苦しいように家族もまた苦しいのだと思うと…自分が助けてほしいのと同様に彼らを助けなければならないと考え直してしまいます
「家族なんだから…」
そんな言葉が今は苦しい
だけど支え合わなければひとりひとりがとても脆い家族です…
ごめんなさい、こんな言葉を言ってはいけないとわかっているのですが正直に申し上げますと…
一家心中したほうがラクだとさえ思ってしまいます
脆い家族がいっぺんに終われるのですから…
たぶん、本当に苦しんでいる人はもっとたくさんいらっしゃいます
でも私たちは生きることが不器用で…
全員で逃げ出すしかできないのだと思います
家族もまた、体調を崩し情緒不安定になっているようです…
もう…身動きがとれません…
弱音ばかりですみません
辛いです…
涙だけがこぼれてきます
これは母への悲しみの涙ではなく、
ただただ自分が辛いという涙
抱えきれない
私なんかめちゃくちゃになってもいいから他の家族は幸せになってほしい
でもそれは、私が家族を愛しているとか私が優しいとかいうことではなくて
家族があまりに不憫というか報われずに生きてきたと思うから
同情のような気持ち…
じゃあ私は幸せだったかというとそうでもないのだけれど、
私さずっと希死念慮があるから、もうめちゃくちゃになっていつ死んでも同じだし
家族はまだ生き続けるのであれば、今までの分これからは少しでも幸せを感じてもらいたい
辛いことが多かったけど幸せだったなぁと思って生きてほしい
じゃなければ、彼らの人生辛すぎる
だけど、
私にできることはなにもない…
私たち家族が生まれてきた意味は何なのだろう
私たちが家族になった意味はあったのだろうか
家族みんなが病んでいる
一緒に育ってきた 暮らしてきた環境もあるかと思うけれど、みんなが弱すぎる
苦しいばかり…
それとも、私が思うより家族はちゃんと強いのだろうか
逃げたい
生きていくことが怖い
怖い…
私は、
今の私にできることをやるしかないですよね…
それが、家族のためにはならなくても
家族の役には立たなくても
私自身の毎日を、ただただ過ごすのが精一杯だし
それをやるしかないですよね
そこに、
なにかしらの結果がついてくるだけの話…
そう思おうと思います
それでも葛藤は残るしとても辛いことに変わりはないけれども…
そうして過ごしていきます
いつも温かいコメントをいただき、お坊さんというのはこんなに優しい存在なのだと思うようになりました
心もからだも調子はよくないままで…今後のことを含め、どうしていいかわかりません
でも、
時々、近くのお寺に行って何もせずただぼーっと座って過ごすようにしています…
ご迷惑かもしれませんが…
日の当たらないところにベンチがあり、そこに座り続けています…
時間が許すのならばずっとずっと座っています
いろんな答えが…
出るのか
また、答えを出すことが正解なのかわかりませんが、
そこにいると答えに近づけそうというか…
そんな感覚になります
今、私にできること
今、私がしたいことはそれなのだと
焦る気持ちや不安な気持ちを抑えながら…少しずつ毎日を送っていけたら…
もうすぐ母の月命日…
今でも思い出すあの日のこと…
でも、
少しずつ…
泰庵様、ありがとうございます
最近は、暑いというよりも雨の日が多く、なかなかお寺に来られないのが悩みです
こんなにも、お寺の空気が穏やかなのは何故なのでしょう…
緑が多く、音も静かで、風さえ優しく感じられます
ここに、私を傷つける人はいないという感じです
お線香の匂いも安心します…
今日も、短時間の仕事の後…バスで帰らず、わざわざ歩いてお寺に来ました
仕事中、何度も母が亡くなった日のことを思い出していました
父から来た、母が「首を吊って死んだ」の電話の声…
想像したくないのに、想像してしまう母の姿…
これは…きっといつまでも消えないのだと思います
いつまでも、思い出しては辛くなるを繰り返す現象なのでしょう…
それでも…心から笑える日が来るのかな…
私は幸せだったと言える日が来るのかな…
おひさまが照らす景色は…
母も私も元気だった頃となんら変わらないのに…
私はどうやって生きてきたのだろう…
どうして今ここにいるのだろう…
そして
どうして母はここにいないのだろう…
そんなことを考えながら、ベンチに座っています…
また不安になっています
お話させてください…
実家の家族が心配…
今はLINEでしか繋がっていないのですが既読がつきません
向こうのタイミングもあるでしょう
たまたまかもしれないのですが、既読がつかないととても不安になります
もしかして心中でも図っているのではないかと…
でも、怖くて電話で確認することもできません
もともと電話は苦手だったのですが…母の自死の連絡を受けてから、電話やLINEの着信音すら怖くて、対応しにくくなっていて…
それでも家族の安否確認のために電話をかけてみるべきですよね?
でも怖いのです
もし、みんな倒れていたら…
もし、みんな亡くなっていたら…
たぶん、きっと、そんなことはないのだろうけど怖い
彼らは元気で頑張っていても私に反発するのでうまくいかない
彼らが倒れていてもどうすればいいかわからない
もし、彼らが亡くなっていたら私はどうすればいいのだろう
そうでなかったとしても、今後のことを思うと不安しか残らなくて
私は彼らに元気でいて欲しいのか?
それとも
早くいなくなって欲しいと思っているのか?
自分の汚い部分が見えて苦しくなります
みんないっぺんに消えてなくなればいいのに…
泰庵様、ありがとうございます
家族から既読がつきました
ご心配をおかけして申し訳ありませんでした…
実はこんなことが続いていて私も気が気ではありません…
放っておいたほうが良いのか…
放っておくべきなのか…
放っておくことによって、家族が(といっても2人だけなのですが…)孤独感や疎外感に襲われてしまわないかも心配しています…
返事がなくても声をかけ続けることが大事な場合もありますよね…
家族なのに難しいです…
友だちの方がずっとうまくやりとりできます
拒まれている以上、彼らがのたれ死んでもそれはそれで運命、と捉える冷たい自分もいます
でも実際にそうなったらそうなったで、私は私を責めて苦しくなるだろう
お母さん、助けて…
なんにもうまくいかないよ…
きっとお母さんも、こんな状況から逃げたかったんだね…