妹と比較してしまい苦しいです
私には歳の離れた妹がいます。
両親は妹には甘く、わたしには何かと厳しかった印象があります。(大人になってから、母にこの事を指摘したことがあります。第一子だからつい厳しくしてしまった、と自覚はあったようです。)
ですが、決して愛情を感じていなかったわけではなく、不自由なく育ててもらい感謝しています。
妹は近々結婚する予定なのですが、嬉しい反面、なんだか今までのことが渦巻いて素直に喜べない気持ちもあります。
大人になってからもほぼ家事をせず母に頼りきりなところ、妹に関しては生活におけるすべてのことが甘く、文句を言いながらも何だかんだ世話を焼いてあげる母に、やっぱり私の時とは違う、そして結婚しても甘えさせ続けるんだろうな、そしたらもう本当に、わたしの拠り所がなくなってしまう(妹の彼もよく実家に来ているようなので)。と、悲しい気持ちになります。
ここには書ききれないので割愛しますが、結局は自分がしたかったこと、してほしかったことを妹が難なくやっていることに嫉妬しているのに他ならないのかもしれません。
いろいろな本を読んで、他人と比較しても意味がない、幸せは自分が決めること、というのは嫌というほどわかっているつもりです。
今の生活は、自分が選択した結果。妹の行いも、母の行いも、それそれが決めたことで私が文句を言うのはお門違いなこと。
でも、そう思えない。
文章にするとなんだか子供じみたくだらない内容ですが、このモヤモヤした気持ちに押しつぶされそうだし、嫉妬という呪縛から逃れたいです。
今自分は結婚して、子供に恵まれ、平凡ではありますが幸せなはずです。それなのに、なんでこんな気持ちになるのか。
こんなに文句を言っても、妹のことは大好きです。たった一人の妹。大人になっていく妹に寂しい気持ちもあるのかもしれません。
素直に妹のことを認め、喜んであげられるようにするにはどういう気持ちで接していけばよいでしょうか。
まとまりのない文章で申し訳ありません。
お坊さんからの回答 1件
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「拠り所」の転換
こんにちは、初めまして。
私の簡単な感想を述べます。
「いろいろな本を読んで、他人と比較しても意味がない、幸せは自分が決めること、というのは嫌というほどわかっているつもりです」とのこと。では、私なりの観点で申しましょう。
結婚前も、結婚後も妹さんの世話をせっせと焼かれるお母さんの姿を見て、あなたは「もう本当に、わたしの拠り所がなくなってしまう」と嘆息されています。問題はそこです。あなたの心の「拠り所」の多くがお母さんにあるから、いつまでも妹さんを横目に見ながら愛情の量を測りたくなるのです。お母さんに基準があるから、いつまでもお母さんから愛情をどれだけ自分は注がれているか、に意識が行ってしまいます。
愛情は客観的な定量化が出来ません。
何かをされたら1ポイント、されなかったらマイナス2ポイント。
自分はそう思っていても、人によってはそれが3ポイントであり、マイナス10ポイントかもしれません。そういったお母さんを基準にして、つけようのない点数が妹さんと並ぶ日は来るのでしょうか。それは難しいでしょう。あなたの中では常に負けスコアにあるのではないですか。
お母さんが自分の中で大きいのは、何歳になっても子としては捨てきれないでしょう。しかし、それを段々と別の基準、より所にスライドさせていく工夫は必要だと思います。
たとえば、あなたの家族、ご主人、子供さん。
お母さんとの点数は常に宜しくないのかもしれませんが、自分にはいつもプラスの幸せをくれる家族がいる。それで宜しいのではないでしょうか。
質問者からのお礼
ご丁寧な回答ありがとうございます。
今まで自分がとらわれているのは妹だと思い込んでいましたが、まさかの「母」だったとは…。まさに目から鱗です。心にストンと落ちてきました。納得です。
今までずっと悩んでいたことが、人生の中で初めて明確に答えを導いてもらえました。
今、とてもすっきりとしています。心が軽くなりました。
この回答はわたしの心の中にずっとずっと大切に持って、これからの人生を過ごしていきます。
本当にありがとうございました。