娘にすまない気持ちでいっぱいです
夫がうつ病を長く患い、その愛を十分に受けられなかった娘です。中学では友人からのいじめにより登校渋り。ストレス性の難聴にもなりました。高校に進学してからは、なぜこの高校を選んだのか、その意味を自分に問い続け、登校渋り。友人の自殺をきっかけに高校の対応に失望し通信制の高校に転学しました。家族にも心を閉ざし、自殺まで考えるほど不安定な状態でした。
それでも何とか踏ん張って成績も良く頑張った娘です。なりたい職業を見つけ、学校推薦をいただき大学受験に臨みましたが二校不合格になりました。受験の時に娘が決めた第一志望の短大を、私の欲や見栄から、地元の公立短大を勧めて変更させたことが全てでした。
とても失望し、ひどく落ち込んだ娘でしたが、周りの薦めでようやく通信制の短大に進学しました。
アルバイトをしながら勉強していたのですが、それに行き詰まり、しばらく教科書から離れてみると言って数ヵ月が過ぎました。
最近になり、短大を辞めて地元で働く道を選びたいと言うようになりました。よく考えてのことですし、地元で暮らせることはとてもいいのですが、娘の夢を諦めさせてしまったような気持ちに襲われとても苦しくなりました。私があの時娘の希望に寄り添っていたら…欲や見栄にとらわれなければ…と今重くのし掛かっています。取り返しのつかない罪を犯してしまいました。
正直に娘にもその事を伝えたところ、私への恨み言一つなく、「たらればは考えても仕方ないよ、その時その時自分で決めたことだから大丈夫。まだ若いし、じっくり決めるから。私は今とても幸せだよ。」と言ってくれました。ご飯を食べながら、一緒にドライブなどしながら、いろんな話ができるようになり、その時間が何物にも替えがたく私も幸せなのです。思い悩んでいた頃からは信じられないことなのです。
それなのに、それだからこそ、こんなことを娘に言わせてしまい本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
私が後ろ向きでは娘も辛いでしょうし、私の自己満足だと言うことも十分にわかっているのですが、どうしたらこの煩悩から自分を解放できるのでしょうか。
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大丈夫、大丈夫‼️
色んなご苦労をされましたね。子どもを育てるのは大変なことです。10代の難しい時期は親は親として、子は子として悩み、進んでいくものです。正解がないものです。娘さんも、もしかしたらお母さまに寄りきられたという部分もあるかもしれませんが、娘さん自身が言われるように「~たら、~れば」は後からの話です。今、ちゃんとステップを踏んで、落ちついた楽しい日々であるならば、今までのことはすべて今の幸せのためにあったのかもしれません。たくさん悩み、たくさん心配し、今たくさん笑えるお母さま、素敵ですよ。娘さんもきっと過去悩み悩みされたお母さまの気持ちをよくわかってあると思います。
これからは、「生きていく仲間」として助け、助けられる関係を作っていかれたらよいかと思います。申し訳ないな、という心の傷はわかりますよ。でも一緒にこれから歩いていく娘さんはしっかり前を見てあります。深呼吸して、もう振り向くのはやめて、前を見ていきましょう。
色んなものに心を残すことを執着、あるいは広くは煩悩と言いますが、私たちは本当に小さいことでもくよくよしがちです。だからこそ、前を向くのが大事ですよ。
質問者からのお礼
すぐ応えていただきありがとうございました。読んでいるうちに涙が溢れてきました。今までの気持ちが堰を切ったようです。「生きていく仲間」というお言葉が胸にしみました。娘と同様私も前を向いて共に歩んで参りたいと思います。またご縁がございましたら、ご教示ください。ありがとうございました。