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父が最期に見たものは

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昨年、父を看取りました。
父の最期に立ち合ったのですが、その時の様子が忘れられません。

死の間際、徐々に全身の機能が停止して呼吸も止まりかけた時、それまで閉じていた父の眼が突然大きく開きました。その眼は真横の壁を見つめていたのですが、焦点は全く合っていないのです。家族で声をかけたり、視界に入ろうとしましたが、反応は一切ありませんでした。ただ、壁の「何か」を凝視していました。
父の視線は暫く壁をさまよった後、徐々に天井に移動していきました。そして、何か言葉を発しようとしたのでしょうが声にはならず、僅かに口を震わせた後、絶命しました。
この時に父が見たもの、いわゆる「お迎え」的なもののように思えるのですが、仏教的に説明がつくものでしたら、教えていただきたいです。
不急の質問で恐縮ですが、約一年経った今でも脳裏に焼き付いて離れない光景です。父は最期に何を見たのでしょうか。

2020年9月7日 7:05

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

何か分かりませんが、そのようなことはあります。

私たち自身は、まだ生きていてますし、臨死体験もありませんから、適当なことは言えません。しかし、多くの書物などては、亡くなる前ごろになると、目に見えない世界が見えたり、聞こえたりと、又、先に亡くなった両親とか親族がそこにいるということも聞きます。
ある意味では、死に対する恐怖感から安心へと導くものかもしれません。
たしかに、鬼や怖い人が迎えに来たら行きたくありませんから。

ともあれ、死は肉体から魂、意識が離脱することですから、いわゆるこの次元から離れれば同じような次元の世界とのコンタクトは可能ですから、お迎えの時期が近付けば、そのようなことはあり得るでしょう。
でも、お父さんがコンタクト?されたものはなんであるかは、ご本人しか分かりません。

でも、そういうことは否定しません。父も以前、亡くなる数日前から、庭に、皆(先に亡くなれた親族)が来ていると言っていました。

2020年9月7日 16:40
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質問者からのお礼

鈴木海祥様

拙い文章にご回答をありがとうございました。
父は違う次元にコンタクトしていたのですね。改めて、身内とはいえ別の世界の存在になってしまったのだなあ…と思いました。
確かに、父が見た物は本人にしか分かりませんね。私にもその時が来れば、何かが見えるのでしょうね。
ご回答ありがとうございました。

「死について」問答一覧

死について考えすぎてしまいます

現在高校3年生です 受験を一通り終え人生の節目に立ったことと、時間がとても余っていて暇なこともあってか、ここ数日死について考えてしまいます。受験とコロナという状況も相まって自室という閉塞的な場所に長期間いて家族以外とあまり会えず精神状態が不安定なのかもしれません。 僕は今までとても幸せな生活を送ってきてこれまでの人生に後悔はありません。 だからこそ、いつか来る終わりが怖くて仕方ありません。 死については科学や宗教など色んな立場の人が色んな意見を出し合っていると思います。 今この世に生きている以上結局死後のことは何も分からないことも分かっています。 けれどあれこれ考えてしまいます。 もう大学生ですし結婚願望もあるので親と一緒に過ごせる時間やそして必ず来る親の死、自分の寿命が尽きた時の自我の消滅などを考えると怖くて仕方ありません。 僕としては自分が死んだら、親や兄弟、ペットとまた幸せに暮らしながら、自分の子孫などを見守り、時が来たらその子とも暮らしたりという、あの世での永遠を望んでいます。 これはとても都合のいい考えだと分かっていますが、こうでも考えないとおかしくなってしまいそうです。 もちろん死ぬまでは精一杯生きるつもりですが皆さんの考えを是非お聞かせ頂きたいです。

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亡くなった人の思いはあるのかないのか

今年四月に父が亡くなりました。 両親は私が五歳の頃に離婚をしました。 母に育ててもらいました。感謝しております。 私は今まで父の事をないものとして生きてきました。 帰ってこない、蒸発した父と教えられてきたので その通りだと思って生きてきました。しかし、本当は違いました。 父は母と離婚したのち、数年後に再婚しておりました。 そのことを親戚に聞きました。子供まで二人作っていたことも 知りました。正直ショックでした。そんな人だと思いませんでした。 それも父が死んでから親戚に電話口で聞かされました。 私は今まで二十年以上、何も知らずにのうのうと生きてきたのです。 馬鹿馬鹿しくなりました。そして情けなくもなりました。 自分に対しても、父に対してもです。 私は父のことが好きでした。今も好きです。 本当に好きでした。それなのに父は裏切った。 今も苦しいのです。私にはお父さんがいなかったのに その子たちには二十年以上、お父さんがいた。 一緒に生きてきた。一緒に生活をしてきた。 泣いたり、笑ったり、怒ったり、そんなこともあったのでしょう。 そんなふうに普通の家族としてその二人の子供はお父さんと一緒に いれたのです。しかし、私にはそれがなかった。 父は私のことを無いものとして生きてきました。 私のことを完全に無視しました。 しかし、私もまた同じでした。 私も父の事を無いものとして生きてきました。 そうしなければ、生きていけなかったからです。 封印して父の記憶消しました。父と私は似ています。 きっと父もそうだったのではないかと思います。 本当はつらかった。今も苦しいのです。 死んでから父のことが頭から離れません。 今まで生きている間は父のこと考えもしませんでした。 忘れているのではなかったのですが、封印したのです。 父に会いたいと思ったことも全くありませんでした。 しかし、父が死んでからそのことを聞かされてから 父に会いたくて会いたくて堪りません。 こんなに人を思う、こんなに誰かのことを思うのは、 私の人生の中で初めてです。自分がビックリしています。 毎日毎日父のことばかり考えています。 昔はあんなにどうでもよかったはずの人なのに。 もしかすると父も私のこと見ているのでしょうか。 父も私のこと思ってくれているのでしょうか。 私は何故だかそんな気がしています。

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死についてのさまざま

先日、祖父を亡くしました。半年前には祖母を亡くしました。 2人とも僕にとても尽くしてくれて、人間としても素晴らしい方々でした。 祖父の最後は僕のために洗ってくれたお風呂の中でした。少し発見が遅れてしまい、1人にさせてしまったことが今でも悔しいです。 祖父が使って、洗うために台所に置いてあった食器を供養の気持ちを込めて洗っていた時に、ふと、もうこの食器を使っている姿を見れないんだなと思う気持ちと、生前に食器を使っていた場面が鮮明に思い出されて、保っていた涙腺が崩壊してしまいました。 その後もただ、祖父母のいなくなった部屋を呆然と眺めているだけで、喪失感、自分と2人との部屋での日々を思い出し、涙が出ます。 祖父は祖母が亡くなったのとほぼ同時に進行したがんの発見や老いによる身体の不自由。さらに仕事という生きがいを無くし、僕たちに生活の迷惑をかけていると思っていることや祖母の死になにもできなかったと悔やむ姿。とても辛そうでした。 亡くなってしまったことはとても残念ですが、夫婦一緒に納骨できること、辛そうな祖父が解放されたような気がして、これでよかったのかもしれないと。こう思ってしまう、僕は間違っているでしょうか? そして、祖父母を亡くしたことで自分や家族、友人、大切な人が次にまた無事に会えるのか毎日怖くなってしまいました。 些細な不調なんかでも最悪のケースを常に先に考えてしまい、不安で無気力になってしまうこともあります。 寝てしまって、そのまま自分に何かあったら、それ以外の人もそのまま永眠してしまったらと自分が寝るのも家族などが寝るのを見るのも怖くて、あまり寝れません。 死とは突然で世界を一変させてしまうものだと祖父母に気付かされました。 誰かに聞いて欲しい。それだけを思って書いてしまった部分もありましたが、お許しください。 そして、どうかお言葉、知恵を与えてください。お願いします。

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自分が本当に死んでしまう気がします

生きることが怖いです。 私は昔から自分に自信がありません。人目を気にして、顔色をうかがって、周りを羨んで、甘えたり頼ったりするのが苦手で他人と深い関係を築けませんでした。周りが普通に出来ている人生のステップがとても難しく見えました。自己肯定感は低く、変に完璧主義なところがあります。大学生の頃から過食嘔吐も止められません。 学校や会社での経験で、見た目が綺麗な人は生きやすそうだなと感じました。私は中身が空っぽだから外見を良くすれば周りから優しくされて自信が持てて、自分を好きになる人生が始まると思い込みました。今振り返ると恥ずかしい考えです。 整形しようと風俗や援助交際でお金を貯めました。昼は会社、夜は風俗で毎日働きました。父や兄が短気で男性は苦手でしたが、お金を貰うと自分に価値があると勘違いできました。 会社を辞めて、貯めたお金で整形しました。大金でした。手術自体は失敗しませんでしたが私的に違和感のある顔になりました。前の方が可愛かったです。そこから情緒不安定になり鏡を見れなくなりました。 自信がゼロ以下になり、何のために働いたんだろう、勢いでやって馬鹿だった、という後悔。朝がくるのが怖い、将来を考えると不安で心臓がドキドキするようになり、何をするのも気力がなくて涙が出てお酒で紛らわすようになりました。バイトすら今の自分にできるか分かりません。心の底から疲れたという思いだけです。人が怖い。働くのが怖い。社会が怖い。1人が怖い。顔を見せるのも怖い。生きるのに向いてなかった。こんな私は結婚もできず、お金もなくなって母に何もしてやれない。数少ない友達にも会えない。誰にも愛されない。顔を変えて親不孝者。ただ息をするのがこんなに辛いとは知りませんでした。 最初は死ぬのは怖かったです。でも段々と何も希望がないのに生き続ける方が怖くなりました。死ぬ方法や場所も調べて、苦しくなると、死ぬから大丈夫早く死なないとって考えて少し楽になります。親に少しでもお金を残したくてあと数ヶ月は頑張って生きるつもりです。 母だけが心残りです。けどごめんなさい、生きるのに疲れたから明日を終わらせたい。今の自分を認めてあげたいけど無理です。 このままだと私は本当に自殺するんだろうなとぼんやり思います。自業自得で恥ずかしい私ですが、なんとか生きていくヒントはあるでしょうか。下手な文章ですみません。

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