選べない死に方回答受付中
突然ですが、1月19日は伯母の命日です。(今日なのですが・・・)
「玄関で倒れている。息をしていない」
2017年1月19日の朝、デイサービスのヘルパーさんからの電話に、私は仰天しました。
伯母の家に駆け付けると、既に警察官らが到着しており、事件性がないか鑑識が調べていました。当然のことながら、第一発見者のヘルパーさんともども、私も職務質問を受けています。
伯母は、幸い、認知症にはならず、思考力は衰えていませんでした。一時期、銀行員だったこともあり、お金の計算・管理はきちんとしており、公正証書遺言も作成してありました。
そんな伯母でも「死に方」までは、選べなかったのですね。親族は茫然自失でしたが、本人もこんな最期は予想していなかったでしょう。検死を担当した医師は、死亡診断書に「多臓器不全」と書いていました。
翻って、私は、どんな最期を迎えるのでしょうか? 私は、体があまり丈夫でないので、突然死の可能性は、他の人より高いはずですが・・・。
もちろん、可能な範囲で出来ることはしています。ただ、こればっかりは、私自身も予測がつきません。
やれることはやっているのですから、あとは、定命に加えて「どんな最期(死に方)であるか」も、仏様に委ねるしかないのでしょうか?
このhasunohaを、小学館集英社プロダクション発行の本で、知りました。(登録は2019年) かつては、列車で、各地(北海道を除く)を巡りました。 よろしくお願いいたします。
「安楽死所望」の一方で、心のどこかに「死」に対する恐怖心がある。 加齢とともに、親の二の舞を演じる場面が増え、無力感が募る。 受容できない自分を受容できない。
お坊さんからの回答 1件
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伯母様が安らかでありますように。
南無阿弥陀仏
人の命はろうそくの火のように儚いものです。
死に方というのはなかなか思っていた通りにはならないですね。
でも、どのような死に方でも仏様は迎えに来てくれると私は信じていますよ。


