病気になって無駄に過ぎた月日について
気持ちの持ち方についてどなたか教えて頂きたいです。
私は仕事がノリにのって、これからだというときに難病を発症し6年もの月日、療養生活となってしまいました。私の後についた同期が今大活躍しています。病気にならなかったら私が活躍していたのにと嫉妬の思いでいっぱいになります。
今年に入り数値も良くなってきて自分でも体の違いを感じているので、これからまた頑張れば良いとやりたかったこと(勉強など)色々取り組んでいますが、療養でなにも出来なかった時間無駄にしたと感じ、その分色々な人に先を越されてしまった。私はなんの経歴もなく無駄に年をとってしまったと、嫉妬と自暴自棄な気持ちに陥ることがよくあります。ようは周りと比べてしまいます。
人と比べないことが大切と分かっています。療養でなにも出来なかったのでそこをどうにか思っても仕方ないとは分かっていますが、心から納得する方法はありますか?お坊さんから見たら未熟な私なんだと思いますが、自分ではどうして良いか分かりません...
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病の先に見える景色
こんにちは、初めまして。
「仕事がノリにのって、これからだというときに難病を発症し」というのは、さぞかし無念だったであろうと推察いたします。ただ、「今年に入り数値も良くなってきて」ということなので、快方に向かわれているのは何よりです。
卑近な例ですが、私は趣味でサックスを吹いています。
音を出す上では、運指、読譜、リズム感、など色んな試行錯誤がありますが、今もってかなり自信がないのが、マウスピースのくわえ方、口の形であるアンブシュアです。
口の筋肉、舌の筋肉、のどの締め具合を適度に(これが難しい)リラックスさせ、噛みすぎず、緩め過ぎず包み込むようにつつ口角を上げ・・・、やればやる程迷路にはまっていく感じです。でも、このアンブシュアが音の良し悪しを決めると言っても良いぐらいに重要なので、いい加減にも出来ません。
以前に習っていた先生がある日、こんなことを教えてくださいました。
自分は病気になり、全然吹けない時間があった。
それがとても苦痛だった。
でも、ある時、これはチャンスなんだと思うようになった。
新しい音を作るチャンス。
アンブシュアをもう一度白紙ベースで考える。
そして、今までの感触を生かしつつ、久しぶりに吹いた新鮮さを音に込めたいと思うようになった、と感慨深く教えて下さったのです。
私は、その先生の言葉に、病をピンチからチャンスに方向転換させた人の労苦と乗り越えた清々しさを感じました。
いままでご活躍の経験は無にならないでしょう。
そして、病を乗り越えたのちに感じる、新しい感触があなたにこれまでにない方向性をもたらしてくれるのではないでしょうか。
今後のご活躍を願っております。
お体お大事に。
質問者からのお礼
暖かいお言葉ありがとうございます。
少し前にこのサイトに登録して放置していたのでプロフィールの存在を忘れていましたが、観てくださったのでしょうか。私の仕事も音楽です。少し前サックスの知識が必要になり色々調べていました。(実際身近に触れないと知識は得られないのですが)
私もその方のようにこの経験をチャンスと捉えたいですが今すぐには無理そうです。モヤモヤした気持ちで暫く行くと思います。ですが、その方のように悔しさから清々しく立ち直った話を聞いて、私にも心からそう思える日がくるのかな、そうなるよう今出来ることを頑張りたいと思いました。
共通点のあるお坊さんから、また私にとって身近な例えでお言葉頂き嬉しかったです。本当にありがとうございました。