娘の死から立ち直れない
2年半前に、私の不注意の事故で幼い娘を亡くしました。
初めは錯乱状態で、毎日どうやったら娘の所に行けるのか、生き地獄の中にのたうち回っていました。
下の娘が4才になり、表情、しぐさ…様々な場面で似てきて、「死にたいけど、この子を置いて死ねない」と、生き地獄を生きることにしました。
それでも、一人になると、辛くて虚しくて苦しくて、亡くなった娘に申し訳なくて、「あの子は食べられないのに私が美味しい物を食べて良いのか?」家族が旅行に行きたいと言っても、全く楽しめない「あの子は行けないのに」と、憂鬱になり一人殻にとじ込もって、どんより暗い部屋で苦しみに耐える毎日です。
もう、私が腹の底から笑ったり、心の底から幸せを感じる事はないのでしょうか?
このまま、ずっと苦しみと共存していかなければいけないのでしょうか?
私は看護師です。毎日、人の命を助ける仕事をしています。
自分の娘を死に追いやった人間が、人の命を助ける資格はあるのでしょうか?
自ら命を絶った人。羨ましく感じてしまいます。「苦しみから楽になったんだろう」と。私も、早く楽になりたい。生き地獄は疲れました
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
過去の質問と併せて読ませていただきました。
りんりんさん、辛い思いを聞かせていただき、まことにありがとうございます。
私は医療職ではありませんので専門的な判断はできませんが、りんりんさんの状態やお聞かせいただいた内容から察するに、もしかしたら、りんりんさんは今、複雑性悲嘆といわれる状態かなと思われます。
複雑性悲嘆には、医療的な支援が必要です。複雑性悲嘆に理解のある医療者を探して相談してみることを、まずはお勧めいたします。
これは私の勝手な思いですけど
私が感じた痛みは、いつか誰かの痛みを和らげることができると、私は思っています。
苦しみを知らぬ人には、苦しい人の気持ちは分かりません。私は人の苦しみを知るりんりんさんにこそ、人の命を助けて欲しいと思います。
勝手な言葉を押し付けてしまってごめんなさい。
【以下、お礼の言葉へのコメントを追記します】
「複雑性悲観」ではなく「複雑性悲嘆」ですね。生活に支障をきたすような強い悲歎反応が半年以上続くことを言います。私は医師ではありませんので、診断はできませんが、りんりんさんのお話を聞いていると、もしかしたら複雑性悲嘆かもしれないと感じてます。
質問者からのお礼
早々に、お返事をいただき、本当にありがとうございます🙇
「複雑性悲観」私は初めてお聞きしました。
この症状を調べてみようと思います。本当にありがとうございます。
秋山僧侶のお返事、涙を流しながら読みました。
優しいお言葉、本当に感謝しかございません。
漢字間違い…
すみません。お返事いただいてありがとうございます💦
せっかく助言いただいたお言葉。
ちゃんと調べて、受診したいと思います。
ありがとうございます。