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父の死の受け止め方について

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先日、父が亡くなりました。まだ60代でした。

元々、滅多に風邪もひかない人で、体調が悪いと言い出してから数日で倒れ、心筋梗塞と重度の糖尿病が発覚して入院し、手術の予定日の朝に突然、呼吸と心肺が停止しました。

父は、あまり自分の話をしない人でしたが、母から聞いていた限りでは、辛い経験を幾度となくしてきたようで、それらを父はいつも独りで抱え込んで、弱音を吐くこともなく耐えてきたのだと思います。さほど強い人ではないので、そのせいか少しひねくれてしまったところもありますが、頑張り屋だったのでしょう。

体のことも、入院時には主治医から「よく生きて病院まで辿り着いた」とまで言われたほどなので、実は随分前から体調は芳しくなかったのだと思います。そんな様子は全く見せてくれなかったので、私たち家族には正に『青天の霹靂』で、あれよあれよという間にいなくなってしまったという感覚です。

母と弟には、非常に大きなショックだったようで、時折放心したようになったり、色んなことを悔いたり、「早すぎる」と泣いたりしています。

私はというと、悲しくないわけはないのですが、どこか腑に落ちたというか、納得してしまったような感覚なのです。

父はさほど強くもないのに、これまで多くの苦難に独りで耐え忍び過ぎたと思います。
そしてこれから先、母を看取ることや、自分が寝たきりや要介護になることは父にとって、この上なく耐え難い苦痛であり、それを避けられたことは、父にとって決して悪いことではなかったと思えてしまうのです。

これは私自身の死生観ですが、生き抜いた先に穏やかに眠れる場所があるなら、それは『救い』だと思いますし、私もいつかそこに辿り着けることに安堵感すら抱いています。

体から解放された父はこれからは、痛い思いも苦しい思いもせず、誰かに傷つけられたり、辛い思いをしたりすることもなく、『楽』になってくれているように思えるのです。

なので、母や弟のような悲しみ方が私には出来ず、このまま日常にスっと戻れてしまうようなのですが、周りとの温度差がありすぎて、これは私がまだ悲しみを実感出来ていないだけなのか、それとも私の感覚が少しズレているのかと考えてしまいます。

私のこの感覚や考え方は、特殊なものなのでしょうか?


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

亡き人と共にあるということ

ご相談拝読しました。お父様のご命終に謹んでお悔やみ申し上げます。

あなたの死生観やこの度のお父様の死の受け止め方は深く素敵なものであると思います。一方でご家族の受け止めもまた、人間としての恩愛の絆を感じるものであり、ごく自然なものであるとも思います。

そのどちらが正解とか不正解とか、特殊とか普通とかはないのでしょう。どんな受け止めもその時のその人の事実です。その人もそう受け止めようと思ってそのようにできたわけではなく、その時の縁の中で自然と湧きあがった感情や考えなのでしょう。

そしてその時感じたものは未来永劫にわたり不変なものである必要はなく、きっと変わっていくものでしょう。

ご家族が悲しみを昇華して温かな受け止めに変わる日も来るかもしれませんし、あなたが深い悲しみの底に沈む日も来るかもしれません。それもその時の縁です。

そしてその変化はどれもお父様の死という一つの変わらない事実が残された者にはたらきかけて生じるものです。そこにお父様とこれからも共にいるということが成立するのでしょう。

おっしゃる通り亡き人は身と心から解放され、縛りのないものとして安楽な境地にいるように私も受け止めています。それは逆から言えば生きている私たちは死ぬまで自らの身と心に縛られていくということです。

そのことを教えてくれるのは他でもないお父様です。もっと言えばお父様の仏様としてのはたらきです。

人間の感情としては悲しみや寂しさや不安が尽きずとも、仏様としてのお父様のはたらきを自覚したならば、たんにそうしたものに終始せず、より深い受け止め方に導かれるのかもしれません。

お父様のはたらき・導きと、残されて生きるものの自分の姿の自覚は表裏一体です。つまり、ご家族やあなたを離れてお父様はどこか安楽な境地にとどまっているというのでなく、そうしたところから皆様の現実の苦の中に飛び込んで共にいてくださるのでしょう。

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おきもち

はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生...
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大丈夫です。

宵空さんのお父様のご逝去にご冥福をお祈り申し上げます。

お父様のこと、ご自身は大変であったと存じます。
私と同じ年代かと存じますので、それはそれでご苦労もたくさんあったかと思います。しかも重度の糖尿病であれば、他の病気を発症すると、その病気もさらに悪化することは多々あります。通常は、まず糖尿病を治すことから治療は始まりますのが、お父様の症状は一気に進んでしまったと思います。医師がよくここまで辿りつけたと言われる位に病気は進んでいたのでしょう。
「自分が病院へ行くときは最後だと」、本当にそのような方も少なくありません。

さて、お父様のご逝去に対しての心の動きを、宵空さんは心配されていますが、私はそのような考え方も悪くないと思います。又、亡くなられたご家族にもこのような内容の法話をする時もあります。

今は、お父様の死を受け入れておられるでしょうし、この先もと思われるかもしれませんが、ある時、突然の悲しみが襲ってくる場合もあります。
そんな時は、おもっいきり泣けばいいのです。
まずはご冥福をお祈り申し上げます。

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おきもち

日蓮宗のお寺で、名古屋市南区にあります。 ”お寺は生きている人のためにも...
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質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。
この先、自分の心境がどう変わっていくのか分かりませんが、残された者として、その時あるがままを受け入れて行こうと思います。
ありがとうございました。

「親・家族・恋人・大切な人の死が悲しい・乗り越え・立ち直る」問答一覧

生活環境の変化と母の死が重なり苦しいです

転職・引っ越しによる環境変化と母の死が重なり心身ともに辛いです。 先日、母が癌で亡くなりました。1年前から入退院を繰り返しており、余命が短いことは覚悟していましたが、やはり悲しいです。母が病気の苦しみから解放されたのは救いですが、この先母がいないと思うと人生がつまらなく感じます。まだまだ母とやりたいことがたくさんありました。 母の死は時間が癒してくれるのを待つしかないのですが、ちょうど転職と引っ越しをした直後に母が亡くなったため、新しい仕事を頑張れる気がしません。一人暮らしでホームシックにもなっています。まだ結婚もしておらず、一人っ子でもあるので孤独感が大きいです。 新しい仕事は私が目指していたことで、母も生前応援してくれましたが、母が亡くなった今となっては前向きになれません。これから新しい仕事のためにたくさん勉強しなければならないのに、無気力で頑張れる気がしないです。 母の癌が発覚した1年前から精神的にしんどく、診療内科に通うほど体調も崩しました。そのような状況下で頑張って転職し、これからというときに訪れた母との別れは新生活の不安と二重の苦しみで耐えられる気がしません。これからどうやって日常生活を送り、前向きに人生と向き合えばよいでしょうか。

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故人の魂はどこに?

先日大好きな妻が亡くなりました。妻は本当に僕の全てで大事な大事な宝物でした。 子供もおらず、独りぼっちになってしまい、今は絶望しています。生きる目的、意味が全く無くなりました。 僕の唯一つの願いは最愛の妻の魂にずっとずっとすぐそばにいてもらい(お骨も手元に)、自分が亡くなるときに一緒のお墓に一緒に納骨してもらい、そしてあの世でまた会えることだけです。 質問なのですが、49日に審判され遠くへ行ってしまい最終的に極楽浄土を目指すという理解をしているのですが、疑問があります。 白木の御位牌から本位牌となり、魂を入れて頂くと思うのですが、位牌に魂が宿るとするならば、極楽浄土などに魂は向かうのに、魂はいったいどこにいるのでしょうか? 魂は分割され2か所にいるのでしょうか? また、お盆には年に一回戻って来るという話しも子供の頃から聞いており、迎え火で迎え送り火で送り帰って行くということでした。帰ってしまったらいないということなのでしょうか? 極楽浄土等、御位牌、お盆、魂の居場所をわかりやすくご説明頂けますと幸いです。 僕は妻にずっとそばにいて欲しい、遠くへ行って欲しくないと考えております、魂の居場所によっては仏教と考えが合わないのでしょうか? 実はそのように悩んでいる間に49日が過ぎてしまいました、49日の法要は過ぎては良くないと聞きますが今から行って頂くことは難しいのでしょうか? どうぞ宜しくお願い致します。

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父親亡くなる

父93歳母90歳姉64歳私57歳で、姉は実家からバスで30分の所に住んでおり、私は埼玉県に住んでいます。母は専業主婦で家事全般をやっていた人です。父母共に病気をして入院した時は、どちらかが実家に帰って寝泊まりをしていました。母が心臓の手術を10年前にしてから、家事全般を最小限しかできず、それでも父母と2人で頑張っていましたが、2年前に母が転倒して頭を打ったのですが、頭の中も異常なく、骨折もしておらず、ただ筋力が落ちて、やる気も出なくなり、父が母に変わって家事全般を最小限やってくれる事になり、父は、家事をやった事がないので、味噌汁の作り方を一から母が教えていました、しかし父の作る物にしょっぱいだの、と父と姉に話していたそうです。父も指示されているみたいでイヤだとは姉に話していたそうです。母か転倒して、動けなくなった頃から、愚痴がおおくなり、姉は、母は要支援2の認定を頂いていたので、訪問ドクター訪問看護ディサービスを利用し、少しでも愚痴の数を減らしていこうとした時に、父が脳梗塞でたおれ、悪性リンパ種も見つかり、入院して1ヶ月で亡くなりました。愚痴をこぼす所もなくなり、母は、私や姉が手続きや、お墓仏壇等をやっていると、私達に攻撃しはじたのです。ただそれが午前中に始まり夕方には、穏やかになり、母の今後の事もあり、ケアマネに来てもらい話をすると、老人うつ病をかられると言われ、私達も確信ではないが、そうではないかと思うと伝えました。前から少しずつあったものが、今になって大きく出てきたのではないかとも言われました。姉は知識がないので、精神的な事が書かれている本を前から読んでいますし、私も資格はないですが、施設で長く働いているので、少しは知識があります。ただ姉が言うには、父が生前の時母は、とても穏やかな人で先々を考える人だったと話し、母が転倒して何もできなくなってから、人が変わったようだと言うのです。うつ病があるかもしれない事を少し頭に入れて対応していこうと姉と話していたのですが、姉もわかっているが、ウンウンとは聞けずついいってしまう、母はエスカレートしてしまう、なので第三者に入ってもらって、近くにおばがいるので、母の話しを聞いてもらうなどして、対応していますが、これからどんな事に気をつけたらいいのか、対応はどうしたらいいのか、母自身も、自覚がないので困っています

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夫の死 心が平穏になる時がきますか

夫が病気で急逝しました。夫はさぞ悔しいことでしょう。まだ現実として受け入れがたく、ふわふわとした心持ちで葬式、様々な手続きに生活に追われています。 子供たちと現実生活をいつも通りにふざけたことも言い合いながら笑顔で暮らしていますが、寂しく悲しい気持ちは各々が抱えています。 夫が亡くなって、葬式後に不倫関係にある人がいることが分かりました。相手からの、のんきなLINEがきたことで気づきました。再会した元カノのようで、レストランで食事したりホテルで密会したりしていることがやり取りから分かりました。これからもっとたくさん会いたいなど、関係を続けたい夫の気持ちも書いていました。あの時もあの時も嘘をついて家を出ていたのだと知りました。LINEを探すと、他の女性とも恋心をほのめかしたやり取りをしていたことも分かりました。 夫は多趣味で、趣味に仕事に忙しく、女の人と会う時間があるとは思いもしませんでした。私を悲しませることはしない人だと信じて疑ったことは1度もありませんでした。 夫は子育てに協力的でした。家の中のことは大体私がやっていましたが、対外的なことは率先してやってくれていました。共働きで、協力し合わないことには生活が回らなかったので、助かってました。私は子育て家事に喜びを感じながらも、夫の行動に苛立ちを感じていたことは確かです。夫は趣味の時間を家庭の様々なことに取られていると不満をいうことがありました。趣味をしている時の夫は本当に楽しそうなのでさせてあけたいと考えていたし、実際、ずっと続けていました。 こんなに趣味を楽しんだ上に、家事に疲れている私に、したいときだけすり寄ってくる夫を疎ましく思う気持ちもありました。 私は夫が好きでした。夫の物を片付けていたら、私からの数年おきの長い手紙や「大好きだよ」のカードがたくさん出てきました。先月もあげたはかりでした。 他の女の人には優しい言葉をたくさん書いていましたが、私にはありませんでした。私を子供の母としか見ていなかったのでしょうか。 数年前に、他の人としちゃおーなどと言うことが何度かあり、私はあきれて、どーぞ。と、言ってしまいました。夫は自分の欲を実行したのですね。 1人になると動悸がして落ち込みがひどいです。子供たちの明るい未来のためにも、元気で生きていきたいのです。どう考えれば心の整理がつくのでしょう。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ