親と子供の死
私には離婚して4年間会えないままの子供が居ます。先日、その子が末期癌だと前妻から連絡きました。一年後の生存率が20%とのこと。前妻は再婚しており、今のご主人に気を使って、会わせて貰えませんでした。一方、母親が5年のがん闘病の末、ホスピスに入院し、後数週間と言う状況です。
よく、親の死は子供への最後の試練と言いますし、受け入れようと気持ちを整理していたのですが、子供の死が近づいてることを知り、どうしていいか分かりません。気持ちが整理できる何かヒントをいただきたく。
よろしくお願いします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
後悔より感謝。憶念
おはようございます。
親が子を想うお気持ちしっかり伝わりました。
ご縁ある人が大変な状態であるお気持ちお察しします。
誰かのせいにせず、ご自身の気持ちの整理の方法を問いたいというご質問もありがたく感じます。
まず、死を受け入れるという視点について確認させてください。
死は誰にでも起こりうるものです。
受け入れるべきは『誰かの』死ではなく、身近な存在を失うことに伴う押し寄せる『自分の感情の波』です
考えるべきは、余命聞いた『自分の心』に起きる後悔や無力感です,
そのエネルギーは強く、自分自身で向き合って受け入れることは簡単じゃないです。
誰かの何かがきっかけであれ、自分のことを自身で受け止めきれない矛盾が悩みや苦しみの原因になる場合が多いです。
ご質問文を拝見していると、子どもさんだけではなく、ご両親も介護やケアが必要な多重ケアの状態では僧侶の私でもキャパオーバーです(経験済みです)
大切な子どもさんの死そのものを事実を変えることはできませんが、受け止め方や余命宣告に伴う感情の少しばかりの変化へのアドバイスは可能です。
子どもさんの余命状況を教えてもらえる関係性はあるならば、まず、するべきは自らの赦しや後悔ではなく、前妻様とその夫様へのねぎらいと感謝です。
何もできなくて申し訳ないが、近いところで看病していただいてることへの感謝と見舞いをすることはいかがでしょうか。
易しいこととは言えませんが、まずは自責の念より他者へのねぎらい、感謝、礼節の感情を持ち合わせることができると少しは気持ちが軽くなり、整理の道筋が明らかになるかと思います。
コロナウイルスのこともあり介護施設や病院の見舞いや面会以前より難しいです。
とはいえ、会えなくても、子から教えてもらったことを考えたり想い出し、見つめ直すことはできます。
子を想うことも立派な仏道の実践です。
離れていてもよい関係に変化することを念じています。
++++++
拙い文章へのお目通しと返信、ありがとうございました。
私が長女の立場なら『後悔を武器にし、ご自身に自責の刃を向けちゃダメ!たかぼう様も私の大事な家族』と言います。
そして、たかぼう様からは生死を超えて『10年先も100年先も大事な大事な私の娘』という言葉をいただけると安らかな道に至るかと思います。
質問者からのお礼
ありがとうございます。何度も何度も拝見させていただきました。なぜ自分ではなく、周りの大切な人に起こるのか。本当に自分を許せなくなります。
なかなか整理ができませんが、気持ちを整理できればと思います。
しかしながら、感謝の気持ちを持つというのは、大切なことと気付かせていただきました。長女にも「産まれてきて、お父さんにしてくれてありがとう。」前妻にも、「我が子を産んでくれて、ここまで立派に育ててくれてありがとう。次女を引き続きよろしくお願いします。」ご主人にも、「これからもよろしくお願いします。」と、ご縁のある方々に、お礼と感謝を伝えるようにします。ありがとうございます。