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苦しい時に勇気づけられるような言葉を聞きたい

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人生の中で苦しい時に勇気づけれられるようなイイ言葉をお坊さんに聞きたいです。このサイトを見ている皆さんの応援歌となるような勇気づけられるような言葉をお願いします。お坊さん自身が勇気づけられている言葉でも大変ありがたいです。


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

時ぎり、場ぎり、それっきり。

時ぎり、場ぎり、それっきり。
これは何かと言いますと、
どんな苦しみも嫌なことも、ポジティブな意味で、
必ず、その時っきり、その場所っきり、その事っきりで終わっているということです。

この世に永続する苦しみはありません。
喪失感、失った感情にとらわれた時や、
心で反復運動をした時だけが苦しいのです。

失敗したことも、怒られたことも、喧嘩したことも、失恋も、事故も怪我をしたことも、
みーんな、その出来事としては、時ぎり・場ぎり・それっきりで「完了」しています。
たとえどんな取り返しのつかない失態でも、キッチリその事で終わらせる為の、思い切り方の方法が、このジギリ、バギリ、ソレッキリというお唱えです。

事実はもう終わって、あなたはもう、別の時間、別の場所、別の状況下。
あのことがもう終わった状況である、今、ここにいるのですから。
いちいち、いつまでも後悔や自責の念を続けないことがあなたを一番励ます方法です。

理解を深めるためにご一読頂きたいことがあります。
・事故は事故を起こしたその瞬間だけが事故であり、後のことはみな処理であり、事故はもうとっくに終わっている。
👉あの時っきり、あの場所っきり、それっきり。

・アクシデントは現場で、すでに完了しているのであって、動画や写真、ニュースはその状況を知らせるための過去の情報でしかない。
👉時ぎり、場ぎり、それっきり。

・鐘は打ち鳴らしたその瞬間だけが「打った」のであって、あとの響きは単なる余韻である。
👉時ぎり、場ぎり、それっきり。

・仕事のミスはその時もう、失敗し尽くしたのであって今なすべきことは後悔ではなく、反省、気持ちの切りかえ、次に活かすこと。
👉時ぎり、場ぎり、それっきり。

・怒られた、叱られた、別れた、怪我した、泣いた、怒った、笑った
👉時ぎり、場ぎり、これっきり。

だからもう、そのことで、クヨクヨしないで。
失ったことにばかり目を向けていないで。
それより、そこから学んだこと、それを糧としてどう成長すべきかに意を注ごう。

人生、良いことも悪いことも、時ぎり、場ぎり、それっきり。
サラリと流して、こだわり捨てて、
今日の、今、この自分を新しく生きましょう。

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これからが これまでを決める

伊豆の正蓮寺 渡邉元浄です。

現代社会は成果第一主義の競争社会。

「これまでがこれからを決める」というのがセオリーでしょうが、それは世間のものさし。

「これからが これまでを決める」

どんなに失敗しても
どんなに転んでもくじけても

この言葉を思い出すと、勇気づけられます。

真宗大谷派から発行・販売されている日めくり法語 一語一遇-(日めくり法語カレンダー)の中の一語です。

以下 宗派ホームページより抜粋
【親鸞聖人の教えに出遇った多くの方々の中から言葉を厳選。仏教語を一切使わず聖人の教えを表現しており、柔らかく優しい絵で一般の方にも親しみやすい。 年・曜日を記載していないため、毎月・毎年ご使用いただける日めくり法語カレンダー。】

通信販売もできますが、京都・東本願寺の境内でも購入できます。

素敵な言葉や、素敵な感性を得た自分との出会いを求めて、京都旅行をしてみてはいかがでしょうか。

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・大学卒業後に住職就任。お檀家さんにお育てをいただいて12年。現場の浄土真...

坂村真民氏、東井義雄氏、などなど・・・

弾切れリボルバーさん、こんにちは。
苦しいとき、かなしいとき、さみしいとき、うれしいとき。
そっと心にふれるような”言葉”を探してみれば、やはり「詩」でしょう。
禅語や仏典の言葉もたいへん味わい深いものではありますが、詩ならば解説もなにもいりません。

とりあえず私の好きなツートップ。坂村真民氏、東井義雄氏をご紹介致します。
かなしみ(坂村真民氏)
かなしみは
わたしたちを強くする根
かなしみは
わたしたちを支える幹
かなしみは
わたしたちを美しくする花
かなしみは
いつも枯らしてはならない
かなしみは
いつも湛えていなくてはならない
かなしみは
いつも噛みしめていなくてはならない

(東井義雄氏)
失敗は
わたしの問題点を
知らせに来て下さった
大切なお使い

最後に、梅雨の季節ですので・・

雨の日には雨の日の
悲しみの日には悲しみの日の
かけがえのない大切な人生がある

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「~です」とは、「~だと、ぼくは思うのです」ということです。 回答は、書...

地獄は一定すみかぞかし

親鸞語録である『歎異抄』第2条から、私のこころに響く法語です。

弟子に「念仏で極楽浄土へ行けるの?」と問われた親鸞聖人が「いや、実は知らない」と答える驚きのシーン。

しかしその後「地獄は一定(いちじょう)すみかぞかし」つまり「私はもともと地獄に堕ちるしかない、愚かで煩悩にまみれた人間でしかない」と続け、さらに…
「阿弥陀仏の、全ての衆生を救うという誓いが真実なら、釋尊や高僧がたの言葉も真実。私はそれをそのまま伝えているだけだ」と答えます。

地獄や浄土が現実に存在する場所、とは私は思いません。行った事ありませんから。

この法語から感じるのは「突き詰めて信じた道に後悔しない」という信念。
そして「救われがたき私を救おうとする大きな慈悲がある」という安心感。

私はこの言葉に勇気づけられています。
弾切れリボルバーさん、いかがでしょうか。

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浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

「生死事大 光陰可惜 無常迅速 時不待人」

弾切れリボルバー様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

「生死事大 光陰可惜 無常迅速 時不待人」

無常なるこの世においては、世間(八法)におけることも、我が身一つさえも何らとして頼りとはならないものであります。やがては全て移ろい去りゆくものであります。生まれたる者は必ず死するのであり、「生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」と申しますように、「生」と「死」の真理から見えてくるところをしっかりと捉えて、無駄なく意義ある「生」をいかに過ごすことができるかが大切なこととなります。

もちろん、仏教的には、これ以上は悪業を成さないことは当然として、これまでに成して心(相続)に集積したる悪業(の習気、輪廻悪果の原因となる潜勢力・潜在力)を浄化させるための確かなる善業を成して、心(相続)を清らかにして保ち、更に次の仏道修行の段階へ向けての準備を調えていくことが望まれます。

そのためには、出離心(この輪廻の苦の大海から逃れたいという心)、菩提心(慈悲から発したる迷苦にある一切衆生を救いたいとして悟りを目指す心)を起こして、智慧(空・縁起の理解)の修習と慈悲による方便実践行(利他行・善徳行)が重要となる次第であります。

とにかくくだらない世間八法(利得、損失、称賛、非難、誉れ、誹謗、楽、苦)におけることにとらわれている中で、あっという間に死は訪れてしまうこととなります。この間、心(相続)は無明(根本的無知)のままでの煩悩によっての悪業の習気にて更に覆われてしまい、これでは輪廻の苦を無限にループし続けることとなってしまいます。

この輪廻の苦のループを断ち切るためにも、今生において速やかに確かなる仏縁の下にて、出離・菩提心を起こして智慧の開発(かいほつ)と慈悲方便行の実践による福徳の資糧が望まれるのであります。

仏道修行に適した人間としての境遇を得れるのは希有なることであり、過去世における善い因縁が弾切れリボルバー様にもおありであった結果であると存じ上げます。もっとも確かに人間界も四苦八苦する中ではありますが、これを与えられた試練と捉えて、いかに仏道修行を進めていけるかを少しなりともお考え賜れましたら幸いでございます。という拙生もまだまだであり、日々猛省ではございますが、とにかく少しずつ一歩一歩前へと存じております。

川口英俊 合掌

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「苦しい・苦しみからの解放」問答一覧

毎日が苦しい

すみません、文字でまとめるのはあまり得意ではないので何か問題があったら申し訳ないです。 最近、夜中やふとした時に死にたいと思う時が増えて酷く苦しくなってしんどいです。 数年前から生きる事に向いてないなあと思っていたのですがここ最近はそれがすごく顕著に感じます。 大人数が固まっている空間に居る時や、そうでなくてもふと意識してしまった時など人の話し声や笑い声が全て悪い意味で自分に向けられているような気がして胸が痛くなります。 嫌なことばかり考えたり、想像してしまって頭の中で嫌な映像が止まらなくなったり思考が文章として形になって頭の中をぐるぐると回り続けていて常に疲れてしまいます。 そんなふうに疲れてしまって、それだけで気力も体力も使い果たしてしまい、当たり前の事やできて当然のことに使う力がなくて複数の事に手が回らなくなってしまいます。 自宅の外に出るだけでストレスを感じ、道を歩けば通る人の目線や感情が気になり考えることが止まらなくなる。常に嫌なことばかり考えてしまって楽しかった事にも集中出来なくなって最近は何をしてもあまり楽しいと思えなくなりました。あまりに物ごとに集中出来ず生活にも支障が出てきたりしています。 元々、何も人並みに出来ず、やっとひとつ見つけたと思っていた得意な事も好きだったはずなのにやっぱり出来ない、ダメだと感じてしまい最近はその事を考えるだけで胸が痛くなります。 毎日何かに焦っているような気分です。 私は、なにか特別に人を惹き付けられる才能もないし、見た目がいい訳でもない、人に好かれるような魅力もないし気付いたらいつも1人です。何か一つでも誰かに求められるような才能があればまた違ってたのかなといつも考えてしまいます。 将来のことを考えても生きている自分が考えられず、やりたい事、というか自分でもやれるような事がこの世にはないような気がしてきます。 嫌なことばかりが頭をめぐってどうしようもなく生きづらいまま苦しくて辛い毎日をこれから先もずっと何年も続けていくのかと思うと死ぬしかないのかなと思います。 でもやはりだめな人間なようでその勇気すら出てきません。 死ぬのも苦しい、生きるのも苦しい、そんな時どうしたら楽になれるのでしょうか。 長文乱文失礼しました。

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求めても得られない苦しみ

こんにちは、初めて相談します。 旦那の私や子ども達に対する態度の事です。若い時から、基本的に人を見下すタイプだとは思っていました。間違った事は言っていないとわかりますが、何かあると怒りモードや説教モードに入り怒鳴ります。子どもが何も言えなくなるので、仲裁すればお前の態度が悪い、口答えだと言われ神経を逆撫でして余計に怒らせる結果になります。 自分が絶対というタイプなので、怒ってばかりで家族から孤立しても、俺はいつも悪者だと卑下して自分を変える気は一切ありません。こうなるのは全てお前たちが原因というスタンスになります。 昔はまだ旦那の言っていることが正論に聞こえたのですが、ここ数年は指摘が細かすぎて、怖くて答えられなくなる事もあります。特に長女に対してはいじめているとしか思えないような態度です。あからさまに、ムカつく、クソガキ、お前には何もしてやらん、と一切関わりません。こんな態度が3年以上続いています。 兄達と、同じように接して欲しいと頼んでも、嫌だの一言。少しでも怒られないように声をかけて気をつけていても、娘も顔色ばかり気にして、何も出来なくなってしまいます。このままずっとこんな状態か続いていったら、将来的に子ども達を含めやっていけるか、不安で悲しくなります。最近は作ったご飯も一切食べず、私や子どもの行動や言動にイライラして舌打ちし、睨みつけます。以前は子どもの面倒もよく見て感謝することが多かったので、そのギャップも辛いです。

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苦しい事からすぐに逃げてしまいます

私は嫌なこと、辛いことがあるとすぐに逃げ出してしまいます。 仕事、人間関係、それなりに上手くやれているはずなのに、ひとつ駄目になると全て投げだしたくなります。恐らく、周りから見れば大したことの無い失敗でも、とても不安になって、悪い方、悪い方へ考えてしまいます。考え込んでるうちに、大丈夫、何とかなる、逃げてしまおう、と急に楽観的になれたり、また不安になったり。情緒が不安定で、死にたい、どうして生きているのか?、いつも考えます。 死んでしまいたい、消えたいと思いつつ、死んだ後家族がどうなってしまうのか怖くて、ただだらだらと逃げながら生きています。家族のことが好きで、多分家族も私を大切に思ってくれていると思います。自分が死ぬことで、家族が苦しい、悲しい時間を過ごすことになってしまうのはとても苦しいです。でも、今のまま苦しい事から逃げながらだらだらと生きているのも苦しいのです。 結局はどうしたいのか、こんなことを書き込んで何を求めているのか自分でも分からず、稚拙な文章になってしまいすみません。 逃げることは、悪いことでしょうか。やはり恥ずかしい行為でしょうか。 情けないと思いつつずっと変われないのは、私が弱いからでしょうか。 長々とすみません。ご意見頂けますと幸いです。

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後悔や心配事が多く胸が苦しいです

仕事などで過去の失敗や過ちからくる未来の不確定要素に対してひどく心配し、不安や恐怖を覚えてしまいます。 「なぜあんなことをしてしまったのか。それがきっかけで多分ああなってしまうのではないか?」 「仮に解決したとしても、後でこのような問題が出てきてしまうのではないか?」など、深く考え込んだり不安になってしまいます。 最近は仕事だけではなく何事に対しても悪い方向に考えてしまい、自分自身に疑心暗鬼になってしまいます。 「今、この時は平穏に過ごせていても、近い将来必ず何かのきっかけでひどい目に合うのではないか?そうなったらどうしよう?」 「あのこと(過去の失敗などの出来事)は解決したが、そのことがきっかけで将来私にとって悪いことが絶対起こるかもしれない。そうなったらどうしよう?」などと考えてしまうことも多く、不安と恐怖で胸が苦しいです。 過ちや失敗があったとしてもその時や後に修正・解決し、自分の中で正しい方向へ歩み出したはずなのですが・・・。 全く心が晴れず、場合によってはそのことで周囲から非難を受けたり、そのほかにも何か悪いことが起こったりするのではないか?と考えてしまいます。 本来は心が軽くなって「私は失敗などを本来あるべき方向に修正した。たとえ周囲から過去のことで非難されたり辱めを受けても間違いや過ちを正したのだから何も心配いらない」と思えればよいのでしょうが・・・。 まだ何も起こっておらず、100%そうなると決まったわけではない不確定な未来の事に対し、悩み・不安に思い・恐怖に非常に苦しんでしまうこの心をどうしたら鎮めることができるでしょうか? このままでは仕事で失敗するたびに自信を無くし、不安と恐怖ばかりが募っていくばかりです。 どうか心を鎮めるためのアドバイスをいただけないでしょうか?

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罪悪感で苦しく辛くて死にたいです

5年位前です。細い道を運転していました。カブの女性が脇道から来て停車。制服で業者さんかもしれません。私に気がついていると思える距離でしたが、カブを道の真ん中に近い所に女性は停めて玄関の方へと入って行きました。 カブと木の垣根の間を抜けて行こうと思いました。垣根は伸びておりはみ出していましたが、相手は葉っぱそちらに寄せて抜けようか?出てくる気配がなく戸惑い行こうと決意しました。玄関扉を開けたまま家主と話しており車を待たせている事はわかっていたとは思うのですが、お取り込み中。待てずに抜けようと葉っぱを傷つけぬようゆっくりゆっくり進むと、右側の生け垣がキィっと音をたて。ガサガサですむものと思い進んだのですが、キィとの音に反射的に少しだけ左にハンドルを切った途端、左の私のミラーが小さくコッと一瞬だけ音をたてました。取り込み中の目の前をコッと音を立てて通過。 音を聞き付けて出てきてくれないだろうか?ずっとバックミラーを見ながらゆっくりゆっくり止まれるスピードで進みながら後方から来てくれるか見ていました、女性は来ず。そのまま家に帰宅。自宅がすぐの所なので、追いかけて来てくれないかな?お願い!来て!と思ったのですが、女性と会えませんでした。細い道で停車は迷惑と思い。ミラーを見続け道を抜けました。 お互いプラスチックのミラーで相手は見塗装ミラー。私は塗装ありです。確認すると髪の毛くらいの筋が入っていました。コンパウンドで消えました。相手さんも傷があるかも!私の車も当てられ凹みや傷がある。ミラーにも当てられた傷があるので今のがこうなった!とは確実に言えませんが。コッと音がなった事実に、きちんと対応しなかった罪悪感。かと思えば母に似た状況で停めてある私の車のミラーに母のバイクのミラーが当たり、勢いで折り畳まれた事がありましたが、その時無傷だったので、きっと音も小さかったし大丈夫かな?と思いたい自分もいたり。女性で制服だったのでヤクルトさん?新聞屋さん?探し当てた方が私の心も苦しくない!と悩み、家族に相談しましたが、気にしなくていい!次から気をつけてと言われ。どうしたらいいかわからずずっと苦しみ、時がたち、時々思い出しては自分の正直でない所にイライラ不安、罪悪感で汗がザッと流れます。正直でない自分に嫌気がさして死にたくなります。本当に心から申し訳ないと思っています。反省しています。

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苦しくてたまらないです

今月はじめにもご相談させていただきました幸枝と申します。 4/15日に倒れ意識障害になった父親は今も意識が戻る事なく病院で眠っております。 一度も行ってあげる事ができなかった父が住んでいたマンションも、もう引き上げる事になり、整理をしています。 整理をしていますと写真や書き物が目に付き、私たち家族と疎遠になってからの父の生活を目の当たりにする事になり、大変辛い作業です。 2年前に私の家に訪問してくれた父に会ってあげられなかった想いがなぜかどんどんと大きくなっています。 「どうして出てあげられなかったのか。」という後悔で気がおかしくなりそうなのです。 20年前のギャンブルや浪費による自己破産の衝撃が余りに大きかったので、関わる事の恐怖が先に立ち、父に会う事をずっと避けていました。会う事ができなかったのです。 貯金も何も残していなかった父なので、2年前の訪問の時から関わっていたら、きっと、私にずっと依存してきただろうとは思います。 でもそれでも援助したら良かったと今思えるのは、父の訪問から今までは2年だった、という事実が今ここにあるからだとは思います。 母親は「あんたが援助なんかしてたら、全部カラオケに消えてたよ」 弟は「好きなように生きてきた人間の末路。全然かわいそうではない」 と言います。 今までは私も同じように思っていたのに、今では気持ちを分かち合う事も出来なくなりました。 涙が止まらない毎日を過ごしています。 罪悪感や後悔は自然にいつか心の整理が付くのでしょうか。 消える事がありますか。 乗り越える事はできますか。

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全てが苦痛に回帰する

最近、物事を悲観的に見ることがとても多くなってきたことに悩みつづけています。 なんというか、万象が自身の苦痛に回帰するという感覚が続き、他人との会話や自分の趣味が無理な延命処置に過ぎないのではという思いが頭から離れません。 自身がそう思う理由として2つの事を考えてます。 一つは、大学で様々な考え方や価値観を学び様々な固定観念を粉砕しようとした結果、絶対視できるものがほとんど無くなってしまったこと。 もう一つは、幸福を求めるということを積極的にしてこなかったあまり、自身が苦痛や試練を耐えてまで生きる理由が思いつかなくなったことです。 自分は、今世間で言うところの就活生ではあるのですが、就労意欲が殆どありません。 一応、趣味で絵を描いているのですが、「これを理由に生という呪いを凌ぐにはあまりにも忍びない」と思いつめ。 両親からは、「生きる理由や幸福が見つかるまで生きればいいじゃん」というアドバイスをもらったのですが、その言葉すら、親心が故に自分を現世に引き留めようとする詭弁に聞こえてくるありさまです。 世間は、自分を怠惰だ落ちこぼれだと罵るでしょうが、そうした罵声すら、「オマエもこっちにきて今生の続く限り苦しめばいいんだ」という僻みと思いこむばかりです。 正直、何でここで悩みを打ち明けているかも自分でよく分かってないです。 おそらくは、まだ無意識で助かりたい、死にたくない、幸せになりたい、と思っているのかなと思います。 でも、そろそろ限界が来そうです。張り詰めた命の糸が、そろそろ切れそうです。 つらいです。

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