母の嫌いなところにイラついてしまう
母は昔から大袈裟に話を盛ったり、話の流れで平気で嘘をついたりします。
例えば、私がしたことを、さも自分が考えてしたかのように言ったり、忙しくて昼ごはんが食べれなかった時に、朝から何も食べてないと自分の大変さをアピールしたりするのです。
つく必要のない嘘をなぜつくのか、なぜ話を盛る必要があるのか、私には理解できません。
何か決めなければいけない時も、何でもいい、決めてくれたらいいと、自分で決断しない所も昔から嫌いです。私には自分で責任をとらないように見えるのです。
耳が遠く大事な話が聞こえていないのに、うなづいて聞こえているフリをし、後から、あの人なんて言ってたの?全然聞こえなかったと言われると、聞こえないならもう少し大きな声で言ってくださいとなぜ言わないのか、私には信じられません。その場を適当に取り繕う所も昔から嫌いです。
今、私は結婚して家を出ていますが、先日、大好きだった父が亡くなり、母と接する時間が増えると、母の嫌いなところが目についてイライラしてしまいます。
優しくしなければと思うのですが、自分自身もまだまだ精神的に不安定なため、気持ちに余裕がないと、母に辛く当たってしまい、そんな自分も嫌いです。
母にはたくさん助けてもらっています。いいところもあります。母自身が嫌いなわけではありません。
でも、自分の大変さを大袈裟にアピールされたり、嫌いなところを目にしたりすると、嫌悪感がおさまりません。
私は今後、どのような心持ちで母に接すれば良いでしょうか。
ネガティブ、気持ちが切り替えにくい、自信がない
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
ひとまず距離を置いて見つめてみる
拝読させて頂きました。親子兄弟はやはり近い存在ですから目に入ってきて気になります、ましてや嫌なところは余計に気になってしまって嫌になるところもありますね。自分の嫌なところを写している鏡のように感じることもありますね。あなたのお気持ちよくわかります。
お母様の嫌なところ
・大袈裟に話を盛ったり、話の流れで平気で嘘をつく
・人が言ったことしたことをさも自分が考えてしたかのように言う
・自分の大変さをアピールする
・つく必要のない嘘をつき話を盛る
・自分で決断しない、自分で責任をとらないように見える
・耳が遠くて話が聞こえないのに、うなづいて聞こえているフリをし、後から、あの人なんて言ってたの?全然聞こえなかったと言う、聞こえないならもう少し大きな声で言ってくださいとなぜか言わない
・その場を適当に取り繕う
これはお母様が今までご自分が生きてきたお母様なりの世間を渡ってきた処世術でもあるのではないでしょうか?体も衰えてきて体力も低下して耳も遠くなっても人は生きていかねばなりません。そのことをなかなか自分は受け入れていくことはできませんし、認めたくない自分もいるのかもしれません。
詳細にはお母様しかその気持ちはわかりません、私達がお母様のそのような言動を理解するにはお母様と同じくらいの年齢になり様々な経験を重ねていき体力が衰えてきたからしかわかりません。
確かにあなたは嫌悪感を覚えるかもしれませんけれども、その様なお母様のお気持ちを少し遠目でじっくりと見つめてみてはいかがでしょうか?感情的になってしまうのもよくわかりますが…人の生き様をじっくりと客観的に観察するのも悪くはないと思います。
仮にですがいずれお母様はその天寿を全うしていかれます、そのあとからあなたがいろんなお母様のことを思い返します。そうした時に自分がイライラしてお母様の悪いところを指摘して責めてしまい、感情的になってしまいお母様を怒鳴ってしまったり起こってしまったことを後悔する時も来るかもしれません。
ひとまずは冷静になってゆっくりお母様を見つめてあげてみることも必要かもしれません。
あなたとお母様とのご縁つながりはこれからもずっと続くのですから。