自分の心を納得させる考え方を知りたい
数年前に親が急死しました。
親が意識を失う前にそばにいたのが自分一人で、様子がおかしいと気付いて救急車を呼んだのも自分です。意識を失って病院に運ばれ、そのまま亡くなりました。
それ以来、そのことを思い出すにつけ「自分が異変に気付かなかったばかりに親を殺してしまった」と考えてばかりいます。
誰かに話したとしても「貴方のせいではない」と言われるだろうことが分かってはいますし、自分でもどうしようもないことは分かってはいるのですが、いつまでも自分の心と折り合いをつけることができません。
このような自分を納得させる考え方は無いものでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
ご質問ありがとうございます。
お悔やみ申し上げます。
ところで、少し想像してみてください。
もしも今あなたの目の前にあなたの親がいたら。
あなたに何を言うでしょうか?
「なぜ異変に気付かなかったんだ!」と怒るでしょうか?
それとも、、、
親はあの世からあなたのことを見守っています。
あなたはあなたの成すべきことに意思を向けて、親を安心させてあげてくださいね。
生み育ててくれたことに感謝しながら。
私の知る限りでは
拝読させていただきました、慈陽院の平本と申します。
「親御さんが亡くなったことは、自分ではどうしようもないことだと分かっているが、心と折り合いがつかない。」ということは、自分の意識では理解をしていても、心が癒えていないことで、無意識に納得することを拒否していると思われます。
私が知るかぎり二通りの方法を知っています。
一つは、感謝をして意識を切り替える。
無意識を意識で抑え込もうとすると、余計に反発してしまいます。緊張をしているときに緊張するなと考えてしまうと余計に緊張してしまうのと同じように、意識して納得させようとすると余計に自分を責めてしまう場合があります。
このような場合にはまず、自分を責めてしまったら心の中で親御さんを思い出し、感謝の気持ちを思い浮かべます。次に何かやらなければいけない事を行い意識を切り替えましょう。
思い出しても切り替えることができると、少しずつ心が癒えていきます。あとは、時間が経過していけば、おのずと納得できる日を迎えることができると思います。
あともう一つの方法は、その出来事から何かを学ぶことになります。
嫌な出来事から何かを学ぶとそれは、自分を成長させた出来事に変わっていきます。
命というのは、いつ尽きるか分からない。後悔ない人生を過ごすには、どう生きることがいいのか。ということを考えるきっかけを与えてくれた。という風に考えることもできます。
自分を成長させた出来事になると、また違った見え方ができると思います。
私の知っている方法は、これぐらいになります。よかったら参考にしてください。
あとお墓やお仏壇にお参りすることも心の傷を癒やすと言われているのでおすすめになります。