hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

亡くなった父は今どこにいるのでしょう

回答数回答 1
有り難し有り難し 1

母が亡くなって一年経ち、最近やっと20年以上前に亡くなった父のことを思い出すようになりました。

仏壇の前で父の写真をみていると、自分が父の亡くなった年齢に近付いたせいか、父が幼くみえて…ふと疑問に思ったのですが、

賽の河原の子供って何歳位までのことをいうのでしょう?
親って産みの親?育ての親ですか?

父は50歳前に育ての母(私にとって義理の祖母)が亡くなる前に亡くなってます。
父の産みの親は大分前に亡くなっているそうです。

父は今どこにいるのでしょう?
賽の河原にいるのだとしたら、昨年亡くなった母に会えるのはいつなんでしょう?
私が死んだ時、父と母に会えるんでしょうか?

2021年5月28日 8:19

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

再会なさるでしょう

拝読させて頂きました。
お母様がお亡くなりになられて1年が過ぎようとしているのですね。この1年を過ごす中でお母様への思い、そして先にお亡くなりになられたお父様への思いが募る毎日をお過ごしなさっておられるのですね。
お母様が安らかにと心よりお祈りさせて頂くと共に先にお亡くなりになられたお父様へも心を込めてご供養申し上げます。至心合掌 南無阿弥陀仏なむあみだぶつ

お父様は仏様のもとにて心安らかにあなたやお母様をずっとお見守りなさっていらしたことでしょう、そしてお母様は仏様に導かれてお父様やご先祖様方が優しくお迎えになって下さったことでしょう。お母様は一切の迷いや苦しみや痛みからも救われてお父様と再会なさり心から安心なさったことでしょう、お二人ともご先祖様方と一緒に心清らかに円満にご成仏なさっていかれたことでしょう。そしてお二人とも仲良く心穏やかにあなたや皆さんをお見守りなさっておられることでしょう。
賽の河原は亡くなりゆく方々の目の前に現れて亡くなられた方々はその川を渡り彼岸に達していくのです、つまりこの世を離れて向こう側に往かれるのです。ですからもはやお母様もお父様も賽の河原を渡られて仏様のもとにて心安らかになられているのです。
賽の河原では年端も行かぬ子供達が石を拾って積み上げているといういわれがありますが、仏様は全てのものをお救いなさって下さいます、ですから幼くして亡くなられた子供達も賽の河原を渡り仏様はお導きなさって下さり、仏様のもとにて心安らかになります。

あなたのさみしい思いも悲しみも心の中に今もあふれてくるでしょう、どうかお父様やお母様に手を合わせて真心込めてご供養なさって頂くと共に、あなたのその思いをお父様やお母様に素直に心からお伝えなさって下さいね。ありのまま思いをお話なさって下さい。お父様やお母様はあなたの声に耳を傾けてあなたの思いに優しく寄り添って下さいます。
お父様やお母様とあなたとのご縁はこれからもずっと続いていくのです。いつでもお父様やお母様が見守っていて下さいます。

いつの日かあなたがその天寿を全うなさる時必ず仏様がお導きなさって下さり、お父様やお母様がご一緒にあなたを優しくお迎えになって下さいます。そして再会なさり喜び合い分かち合うことでしょう。共に仲良くご成仏なさっていくことでしょう。これからずっとお父様やお母様とご縁は続きます。

2021年5月28日 16:25
{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1500件を超えました


Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...

質問者からのお礼

回答ありがとうございます。
前回に引き続き暖かいお言葉嬉しく思います。
母が亡くなってから一年、コロナ禍で仕事もみつからず、不安に思うからよけいにあちらの事が気になるのかなって思います。
父も母もあちらでひとりぼっちじゃないんですね。
いつかまた二人に会えた時に色んな話ができるように、私なりにマイペースに生きていきたいと思います。

「死後の世界・死んだらどうなる」問答一覧

私の声は、母に届いているのでしょうか。

こんばんは。いつもありがとうございます。 先日、うれしい出来事がありました。 早速仏壇に手を合わせ「お母さん、聞いて。良いニュースがあるよ」と言ったのですが、私の声は母に届いているのでしょうか? 母は、私の目を見ながら話を聞いてくれる人でした。「もう一回聞かせてくれる?」と耳をこちらに傾けてくれたりもしました。 でも、話を聞いてくれた目も耳も、今はありません。相づちを打ってくれる母もいません。母の肉体はもう、この世に存在しないからです。 亡き母に語りかける行為は独り言にすぎず、ただの自己満足なのでしょうか。 いくら語りかけても、母から返事はありません。「見えないだけで母はどこかにいる。話も聞いてくれている」と思ってはいても、ときどき虚しく、そして寂しくなります。 *** 追伸 hasunohaと出会い、日々救われています。 私の悩みを聞いて答えてくれる人がいる、と思うだけで安心します。本当にありがとうございます。 また、たびたび質問してしまいごめんなさい。「何度も投稿してご迷惑かな」と自覚しながらも、つい、甘えてしまいます。 今回も申し訳ないなと思いつつ、不安や寂しさがそれにまさり、投稿してしまいました。 それではお坊さんのみなさま、hasunohaを運営されているみなさま。季節の変わり目ですので、風邪を召しませんように。ご自愛ください。

有り難し有り難し 27
回答数回答 3

人は死んでも見ていてくれるのでしょうか

人は死んだら無になるのでしょうか。仏様になって私たちを見てくれてはいないのでしょうか。 幼い頃から大好きで大切だった祖母が最近、亡くなりました。私の家には仏壇が無いため(親戚の家にあります)、祖母の写真を置き、その前にお供え物をしています。祖母は亡くなるまでの半年間は食べ物や水を一切口にすることができませんでした(病院から飲食を禁じられており、栄養はカテーテルで摂っていました)。しかし本人はずっと「食べたい」「水が飲みたい」と言っていたのにそれが叶うことなく亡くなってしまったため、あまりにも哀れで、せめて天国ではたくさん食べてほしいと思い、お供え物をたくさんしています。けれど、ふと思うんです。こんなことをして、祖母は食べてくれているのだろうかと。人は死んだら仏だのあの世だの霊だのそんなものはなく、完全に無になるだけなのではないかと。だとすれば、毎日あれこれと飲み物や食べ物をお供えしているのは、単なる私の自己満足に過ぎません。それを考えると、虚しくなります。仏もあの世もなく無になっているのなら、お供え物もお墓参りも完全に意味の無い行為と言えます。ネットで色々と検索してみたら、霊感のある人は「ちゃんと食べてくれている」という意見を述べていたのですが、私には霊感がないので何も感じ取ることができません。 それに、祖母は20年以上前に亡くなった祖父のお墓参りをずっとほぼ毎日やってきましたが、祖父が見てくれていたようにも思えないのです。なぜなら、祖母は長年、体の不調に苦しみ続けていましたし、長文になるので割愛しますが最期の時もあまりにも惨めなものでした。よく「故人を思ってお墓などを大切にすると幸せになれる」ということを聞きますが、祖母は最後まで哀れでした。このことを考えると、やっぱり人は死んだら無になるだけで、それ以上は存在しない、つまり私たちを見てくれてはいないのかなと思えてしまいます。 難しい質問かとは思いますが、回答、宜しくお願い致します。

有り難し有り難し 78
回答数回答 4

死後の世界について

最近死ぬことがとても怖いです。今私は20代でまだまだ先の人生があると周りに言われます。死ぬ時よりも死んだ後無になるのだと思うと怖くてたまらなくなり涙が出てきます。今は祖父母も両親も夫も健在で幸せな生活を送ることができています。だからこそこの幸せがいつか無になることが怖いです。また、時間には逆らえないので祖父母、両親が先に亡くなるのだと思いますが、自分が死んでから会えますか?お母さんは必ず迎えにくると約束してくれました。夫も死ぬからといって離れ離れにはならないし、ずっと一緒だと言ってくれています。ただ、死んだら怖いとか迎えにきてくれるとか、そのようなことも思うことすらできなくなくなるのでしょうか。意識が無くなり、思いや感情や記憶も全て無くなってしまうのでしょうか。怖くて仕方ありません。自分が数十年前はこの世に存在しなかったというのも不思議でなりません。死んでも幸せな時間が続くという保証があればきっと怖くなくなるのだと思いますが、そんなことは誰にも分からないし、だからこそ怖いという思いが無くなりません。これまで亡くなってこられた方々も生前にこのような気持ちを持ちながら生活し、気づかないうちに亡くなっていたのでしょうか。文章がまとまらずすみません。辛く、怖いです。

有り難し有り難し 14
回答数回答 2

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る