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不幸になりたくないと願ってしまう

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有り難し有り難し 5

初めて質問させていただきます。
下手な文だと思いますがご了承ください。

私は家族とも仲が良く学校でも特に苦しむこともなく、いわゆる「幸せ」と呼べる人生を送っています。

だからこそだと思うのですが最近、自死を願っている人の事を聞くと、
「もしも私の人生に1歩間違いがあったら私もあんな考え方をしていたのかな…」
と、不安になってしまいます。

今、幸せに生きれている事は偶然の重なりです。
もしも、生まれた場所や時間が違っていたら、「死んでしまいたい」と考えてしまう人生を送っていたかもしれません。

自分が本当にそう願ってしまったら、実際にそうしてしまうかもしれません。それがものすごく怖いんです。

もちろん、その考えをしてしまった人達が行動した理由が、そんな人生を望んでいなくて、限界が来てしまったから、という事は分かっています。

ですが、私は寿命までしっかり生きていてほしいです。

すいません、話がごちゃごちゃになってしまったのでまとめますと、

今、私が思っている事は、
「不幸な人生を送りたくない、でも、今その人生で苦しんでいる人に申し訳ないかもしれない…」
ということ、

私の悩みとしては、
「その思いを少しでも和らげてしまいたい」
ということです。

この思いが少しでも和らげられそうな考え方を、たくさん聞きたいです。

2021年6月28日 18:53

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ゆっくり見つめてみましょう

拝読させて頂きました。そうですね、あなたが幸せに生きている今この時でも死にたくと思うほどに苦しい思いをなさっていらっしゃる方々、不幸を感じて生きていらっしゃる方々は確かにおられることでしょう。
あなたがもしも一つでも違った状況にさらされたならば今の状況から一変してしまうことでしょうね。
あなたがそのように不安や恐怖を感じることもとてもよくわかります。

私達の人生はそのようにほんのちょっとでも変われば大きな影響を受けてしまうようなはかないものなのですよね。

それには一つ一つ奇跡的な巡り合わせや恵みが与えられているからでもありますよね。

先ずはあなた自身がご自分のそのような足元を見つめていくことが大切なことではないでしょうか?

「脚下照顧」という言葉がありますが、何げなく存在している自分自身や周りの環境や状況についてゆっくりと見つめ直しながら生きることを意味します。
そこから様々なことが思い浮かんでくるでしょう、そしてあなたがこれからの未来をどのように考えて行動していくことが望ましいのかも考えるようになってくるのではないでしょうか?

答えはあまたあるでしょう、人が幸せに生きることとは何か?自分にとって何が大切なことなのか?周りの人達とどのように生きていくことが大事なのか?

せっかくの人生ですからいろいろな方々からもご意見やアドバイスを受けながらあなた自身がしっかりと自分の人生や自分の幸せ、そして皆さんの人生や皆さんの幸せに向き合い考えてみて下さいね。

あなたがこれからも皆さんと一緒に心から豊かに幸せに生き抜いていかれますようにと、心より祈ってます。

2021年6月29日 18:57
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有り難し
おきもち


Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...

質問者からのお礼

Kousyo Kuuyo Azuma様
暖かい言葉をありがとうございました。

実は、母に同じ相談をしてみた所、似たような答えが帰ってきました。
母いわく、私は今凄く遠慮しているみたいなのです。
「自分のことができて半人前、人のことができて1人前」という言葉がありますが、私はまだ半人前にもなれていないようです。
なのでこれからは、とりあえず日々の中で自分を成長させ、半人前と呼べるようになってから、
人に手を差し伸べれる人間になっていこうかなと思います。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死にたいのか生きたいのかわからないです

私は10年ほど、死にたいという気持ちと一緒に生きてきました。 きっかけは他の方からしたらきっと些細なことだと思うのですが、 その後人付き合いが上手くいかず、 当時は全く問題なかった人間関係を上手く築けなくなり、 他にも辛いことが重なり、 死にたいと思うようになりました。 生きたい人が生きられない現実がある事もわかっています。 ある時から(プロフィール参照) 私は自分の手で人生を終わらせることが出来るんだ と思うようになり、 いつでも死ねるというのは 私の希望になりました。 ですが最近、死ぬ事が怖くなりました。 自ら命を絶つのが怖いのではなく、 事故でも病死でも寿命でも、 人間いつかは必ず死ぬ、 という現実が怖いです。 こればかりは絶対避けられない現実なのに 怖くて怖くて仕方がないです。 それなのに死にたい気持ちが無い訳でもない。 死にたいのか生きたいのかわからないんです。 今現在私が生きているということは 少なからず死にたくない、 という気持ちがあるんだと思います。 死にたいと思っても、死ぬのが怖い、 だから生きるのもこわい。 こんな矛盾に戸惑っています。 人間はいつか必ず死ぬ事、 どうしたら自分を納得させられるでしょうか。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

死の恐怖でどうしても苦しい

以前から同じような相談をさせて頂いており、その度に温かいご回答を頂き感謝しております。 ご回答のおかげもあり、少しずつ死の恐怖を克服していたつもりでした。 しかし、それでも何度も何度もどうしようもなく死の恐怖に襲われます。死ぬことに怯え、泣き、気が狂うような恐怖で、これを感じないためには死ぬしかないのかと、本当につらいです。 自分で沢山考えた結果、私の一番の恐怖はやはり死後が分からないことでした。無になることが一番怖いです。でも、輪廻転生できたとして、宇宙が無くなったら転生は止まるのか?解脱したら、魂は消えてしまう(無になってしまう)のか?など、怖さで考えが段々大きくなり、恐れることがどんどん増えていってしまいます。 死後を考えても仕方がないと、頭では分かっている筈でした。死は逃げられるものではない。だからこそ、死そのものを、たとえ死後が無だったとしても、ありのままに受け入れる姿勢、考え方が大事だと理解しているつもりでした。でも、どうしても、湧き上がる恐怖が勝ってしまいます。 いつか死ぬと理解してから、人生が虚無です。最後死ぬのに、消えるのに、生まれて自我を持つなんて、なんて残酷な世界なんでしょう。なんでこんな世界に私達はいるのでしょう。 どうしたら、死の恐怖を消すことができますか?死を受け入れることができますか? 私はこれから、最後は無になる(かもしれない)ような分からない未知の世界に否応なく行くしかないのに生きて、耐え難い死の恐怖に襲われながら死んでいくしか無いのでしょうか。 乱文かつ感情的で本当に申し訳ありません。どうしようもなく苦しいです。どうか、助けて下さい。

有り難し有り難し 13
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死ぬのが怖いです

死ぬのが怖いです 私は小学校低学年の頃、数回万引きと、親の貯金箱からお金を盗んでしまいました。 また、小学校6年生の頃には自分がなくしてしまった卒業アルバムの代わりに友達のものを盗んでしまいました。 お金はいつか絶対に働いて返すと心に決めていますし、卒業アルバムは本人に連絡が取れれば返そうと思っています。 しかし、そんな罪滅ぼしをしたところで過去の罪は消えないだろうと思います。 私は最近、死について異様に考えるようになりました。 人のものを何度も何度も盗んだ私は、黒縄地獄に落ちるとサイトなどに書かれていました。 地獄では、様々な苦しみを与えられるそうです。 許されたいなんて思っても、きっと無理なのは分かります。 質問したいことはいくつかあります。 1つ目、死んだらどのような苦しみを受けるのか。 2つ目、どうにか、地獄行きを回避する方法というものがあるのか。 3つ目、その方法とはなんなのか。 夜も眠れないほどに不安で仕方がないです。 人のものを盗んでしまったことについて、今ではどうしてそんなことをしたのか、100数十円しかしないようなお菓子のためになぜ万引きなんてしたのか。とても後悔しています。これらの罪は自分の母親にだけ言いました。それ以外にバレたことはありません。 お願いします。私に上の質問の答えを、わかる限りで教えて頂きたいです。

有り難し有り難し 10
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幸せを感じると死ぬのが怖い

以前、死ぬのが怖い、そしてこの世界はなんなのかという質問をさせて頂いた者です。その度に暖かいご回答を頂き、大変感謝しております。ありがとうございます。 ご回答や仏教について、素人ながら自分で調べたり考えたりしております。その中で、やはりお釈迦様のように、この世から執着を無くすということは、死の恐怖や今生きていることの恐怖を克服する上で大切だと考えました。 しかし、この世への執着というのが、日々の小さな幸せを感じるたびに増えて行くように感じています。例えば、今日も家族と暮らせたこと。友人と話したこと。ご飯が美味しかったこと。素敵な景色を見たこと。そのような日常の幸せを噛み締めるたびに、大切な人たちと離れたく無い、なぜ永遠に一緒にいられないのか、こんなに綺麗な景色を死んだら見られない、死んだら「今ある幸せ」が消えてしまうのだ…と、死によってそれを失うという恐怖にかられます。魂を信じてみても、自分の肉体さえ今は愛おしく、離れがたく思ってしまいます。 この世への執着を手放すことと、幸せを感じることは共存できるのでしょうか?死という自己意識の消滅の恐怖は、どういう考え方をすれば克服することができるのでしょうか? 今はまだ、死ぬのが怖すぎて生まれてきたくなかったと思ってしまうことが多いのですが、願わくば、それでも生まれてきてよかったと思いたいです。いつも、どうせ死ぬのに生まれた、最悪だ、と思ってしまうので、恐怖を克服することで、本当に心から幸せだと思いたいです。 乱文で申し訳ありません。御助言を頂けると幸いです。

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