死の恐怖との向き合い方回答受付中
貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
朝や日中は基本的にポジティブに物事を考えられるのですが、夜布団に入り、ふとした瞬間に自分もいつか死に、消え去るということが頭をよぎり、恐怖で眠れなくなることがあります。
・みんな通る道である。
・まだまだ先のこと。歳を取れば怖く無くなる。
・自分がいなくても世界は回る。
・生まれる前と同じ状態になるだけ。
・まだやりたいことがある証だ。
こういった理屈は自分でもわかっているものの、それでも唐突に発作のように恐怖がよぎってしまうのです。
逃避などではなく、向き合った上で克服したいです。アドバイス頂けますと幸いです。
お坊さんからの回答 1件
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死の恐怖は、敵ではない
ご相談いただきありがとうございます。
まず、「克服しよう」としてる時点で方向を間違えているように思えます
「死の恐怖は、敵じゃありません」。
・生存欲
・未練
・「まだ足りない」って感覚
・「このまま終わりたくない」って焦り
それが夜になると一気にまとめて顔出してくるだけなんです。
昼は理性がフタして
夜はそのフタが外れる
ただそれだけです。
「向き合えば克服できる」は半分正解、
向き合うのはいいですが、真正面から睨み合っちゃダメですよ。
死の恐怖って、
理詰めで殴ると倍返しで殴り返してくるタイプなのですから
頭じゃわかってるのに怖いのは、
怖がってるのが「思考」じゃなくて「身体」だからです。
特に夜は「人生」を考える時間にするのはお勧めしません。
夜の布団で人生とか死とか考えるのは、
空腹でスーパー行くくらい危険だと思います。
夜に出てくる思考はね、
ほぼ全部“割増料金の妄想”です
・考えても答え出ないし
・判断力も下がってる
・感情だけが増幅される状態である
だから「今考えてることは、明日の昼に持ち越し」
メモに書いて、終わればいいんです。
恐怖が来たら「分析」じゃなく「実況」してみること
×「なぜ怖いんだろう」
×「克服しなきゃ」
〇「今、心臓がドクドクしてる」
〇「息が浅いな」
〇「肩がガチガチだな」
仏教でいう“心を観察”する行為です
評価しない。意味づけない。実況だけ。
すると、不思議と波が引くと思います。
最後に、國山さんは、
死が怖いんじゃなくて「このまま終わるのが嫌」なのかもしれませんね。
・友達が少ない
・満たされてない
・まだ途中
だから夜に来る。
もしそうであるなら答えは一つです。
克服するんじゃなくて。
生きて抜いて埋めなさい。
昼に。現実で。
人と関わって、失敗して、面倒な思いして。
それでも生き抜くことで
夜の恐怖が薄まっていくように思います。
恐怖は敵ではありません。
生き抜きたい國山さんの気持ちです。
しっかりと、受け止めてあげてください。


