相談できない、してくれない人との今後
こんにちは
6年同棲している彼がいますが、ふと別れが頭を掠める時があります
きっかけは1半年前「闘病中の親に、もう使える薬がないんだって。今の医学だと難しいみたい。」と彼に話した時「ふーん、それはしょうがないな。」とぶっきらぼうに言われたことです
その言葉にびっくりして「しょうがないって、どういうことなの?」と尋ねると、「しょうがないだろ!俺は病気は治せないんだからどうしようもないだろ!」と言われ一気に冷めてしまいました
寿命が訪れること、誰しもいずれ死が訪れることはわかっているけど、事実は変わらなくても思いを共有してほしかったというぐるぐると駆け巡り、本当に辛く悲しかった出来事でした
それまでもなにか相談しても
人間関係→「連絡しなきゃいいじゃん」「俺は知らない」
仕事関係→「辞めればいいじゃん」「俺はわからない」
と、あれ?と思う場面はあったもののそういう人なんだなと割り切ってました
しかし、上記の件はさすがに私の持つ「好きな人と支え合って生きていきたい」という価値観と違いが異なりすぎました
その後謝る素振りはなく、最終的に話し合いの場を持ち、どう思っていたのか、相手がどう思っているのかを確認して終わりました(いままでは物に当たる・逃げる・黙るで全く話し合いになりませんでしたがその時は強く話し合いを訴えました)
上記のような「相談事」というのを抜きにすれば、一緒に過ごしていて楽しいですし、好きという感情も好かれているという実感もあり、私が違う人の視点が欲しい時は、信頼する友人に相談することでうまくいっています
ただ、今後も一緒に過ごすことを考えると人生においては(避けたくても)さらに辛いことや苦しいことが待ち受けていると思います
その時に、私は何も相談してくれない(何故かどうしても相談できないそうです)彼を支えられるのか?辛さや苦しさは共有できないのか?互いに支えあえるのか?一緒にいる意味は?友達でもいいのでは?
同時に、愛してくれるのだから、その他は素晴らしい人だから、そんなことも我慢できないのか、私さえ我慢すれば彼も幸せそうだ、(個人的に)ペットと別れたくないなど、、、
なにを相談したいのか自分でもわからずうまく伝えられていないですが、感想やご意見をいただき新しい視点を得たいです
読んでいただきありがとうございます
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
「俺はわからない」「俺は知らない」
こんにちは。
あなたは「相談事というのを抜きにすれば、一緒に過ごしていて楽しいです」と書いていますね。
それは私に言わせれば、人生で辛いこと悲しいことがなければ楽しいよね、と言ってるように聞こえます。そんな人生はないし、相談事がないような人生はありません。つまり、ありえない前提であるということです。
「人間関係」について相談しても「連絡しなきゃいいじゃん」、「俺は知らない」。
「仕事関係」について相談しても「辞めればいいじゃん」、「俺はわからない」。
「俺は知らない」というのは、問題を共有して解決しようとすることの回避に聞こえます。また、親身になって心を傾けることをしないという宣言に聞こえます。
「俺はわからない」というのは問題をより突っ込んで考えることを止めます、という宣言のように聞こえます。
あなたが望むならですが、人生には子供の出産や育児、他にも夫婦関係の愛情の問題や、仕事、病気、介護などの問題が山積します。その度ごとに相談事は必ず発生するのです。
その時になって、「俺はわからない」「俺は知らない」と言われたらあなたはどうしますか。一人でかかえることになる、のではないですか。
彼が「愛してくれる」あなたは書いています。しかし人生の重要な場面で一緒に乗り越えたり、心の深い部分で触れ合えないとするならば、それは果たして「愛」の名に値するのでしょうか。
知識や経験は時間と共に積み上げていけばよいものです。一方、自分のことだけではなく相手への思いやりを持つこと、相手の心を汲み取っていくことは、経過する月日と必ずしも比例しません。
今、相手の心や問題と向き合おうとしない人が、後で向き合えるようになると思いますか。希望的観測ではなく、彼自身を客観的に1度冷静に観察して判断してみてください。
質問者からのお礼
悠水さま
ご意見ありがとうございます。
偶然にも、回答いただいた日に父の余命宣告がありました。
その事について彼に頼れないなと思ってしまった時、別れる決心がつきました。
今まで過ごしてきた時間や想いに情はありますが、別々の道を提案しようと思います。
彼と一緒に育ててきたペット達と別れたくなく今まで決心できませんでしたが、ペットたちが幸せになる方法を一番に考えつつ近くの家を借りるなどいい方法を考えていきたいと思います。