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低レベルな周囲と差をつけたい

回答数回答 2
有り難し有り難し 40

 いつもお世話になっております。私はプロフィールにあります通りの
身の上です。就労を目指し生活訓練に通っているのですが、当然、そこには
私と同じような身の上の人たちが通ってきています。

 私は因みに、この訓練所が初めてではありません。病院等のデーケア、
就労移行などにも通所しましたが、途中で体調を崩し、「治療優先」
との見立てで辞めています。

 考えられる原因として、「周囲のレベルについていけない」という
ものがあると思います。慢心になってしまいますが、私は、同じく通って
来ている仲間(仲間とすら思いたくありませんが)の程度が低いと思って
います。そうしてストレスが蓄積し、爆発して体調に出るのです。

 たとえば、蚊に刺されたような事柄でも針小棒大に大騒ぎする、
くだらないゴシップなどに花を咲かせて群れる、スタッフに少し注意
されただけでも机を叩くなどしてわがまま放題に振る舞う、プログラム
で行った神社などでご挨拶もせず境内の写真を撮りまくる、言葉の意味
をろくに調べもせずに、覚えただけで自慢げに使いたがる。社会的秩序
に歯向かうことが格好いいと思い込む。
 等々、その傍若無人ぶり、自分勝手ぶりを挙げればきりがありません。

 これだけ見た方は、障害を持つ人は怖い、面倒だなどとイメージを抱く
でしょう。しかし、私は少ないですがこれらに該当しない堅実な人たち
も知っていますし(入院していた時に出会い、視野を広げてくれました)、
私自身こうはなりたくないと思っています。

 就労した暁には、「ロータスさんと一緒にいると、気分が晴れるね」と
言われるような人になりたいです。
 このような連中と差をつけ、一緒にいると気分が晴れるね、と言われる
ような人間になるにはどうしたらよいでしょうか?
 お知恵をお貸し頂きたく存じます。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

優しく穏やかな笑顔で受け止めてくれる人の側は、気持ちも和らぐ

訓練プログラムによっては、それぞれに個人差が出ると思います。当然ですよね〜皆、障害の程度や得意不得意がありますし、もちろん性格も一人として同じ人はいませんものね。周りと比べると、誰とも違うと感じますよね。
技能だけでなく、感情の揺れもありますから、その日のコンディションにもより、差は見えますね。

ただ、個人差はあっても、それが人の価値になるわけではないと思います。人の欠点よりも、違いや良さを認められる余裕を持ちたいものですね。

あなたが周りをちゃんと見れるように、あなたのことも、見ていてくれる人がいます。
わかってほしい人に、ちゃんとわかってもらえる、そんな喜びは大きな安心を生みますよ。

一緒にいて気持ちが晴れると思ってもらえるような〜。
そうですね〜優しく穏やかな笑顔で受け止めてくれる人の側にいると、気持ちも和らいでホッとするかなと思います。

他の人を見下し、ざまあみろと思う態度は、周りからも嫌われますので、そのようなことのないように。人の良さに気づける人でいてくださいね。そんな人は、周りからも好かれますものね◎

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はじめまして(*^^*) 中田みえです。 教善寺 住職として、母親として...
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多くの短所のある他人でも、優れた長所もあるはず

 確かに、自分勝手だったり、嘘つきだったり、卑怯だったり、裏切ったり、威張ったりという嫌な人って居ますね。周囲の人より頑張って、仕事ができる人間になろうとするなら、良いと思います。自分の能力を高めることに努め、指導力を身に着けようとすることは大事なことです。

 但し、注意も必要です。一歩間違えれば、「嫌な相手に対して上の立場に立ち、とっちめてやろう。」という邪な心になりかねないからです。嫌な奴でも、欠点だらけのような奴でも、何らか長所を持ってます。何かしら優れた点を持ってます。人其々にすぐれた点を持ってます。人徳が有ったり、魅力が有ったりします。私たちは他人の能力を見据えようとしても、すべてを把握できるものではありません。「差をつけてやろう。」と自分自身を鼓舞することは良いことです。自分を高めようと努力するロータスさんの姿勢は立派です。但し、「差をつけてやる。」という気持ちが喧嘩腰なものになってしまったり、マウントを取ってやろうというものになってしまったらまずいですよね。「嫌な奴だけど、良いところもあるようだ。」と他人の長所を認めることも大事です。

 仮にロータスさんに対して敵意や悪意を向けている人が居たとしても、反撃することは得策ではありません。

御存じかもしれませんが、お釈迦様にこんなエピソードがあります。
お釈迦様に反感を抱いているバラモンがお釈迦様に悪口雑言を投げつけようとしました。でもお釈迦様はその言葉を「私は受け取らないよ。」と受け取りませんでした。

 先ほど説明しましたが、「差をつけてやる」という決意は自分の向上心を示す言葉ではありますが、他者への敵愾心でもありますし、対抗対立を煽ることばにもなりかねません。誰もが、自分と他人とを比較したくなります。でも、比較している限り、自分と他人の優劣ばかりに目が行ってしまいます。優劣を考えるよりも、まずは自分自身の向上を目指しましょう。人の上に立つことを考えるよりも、「徳を積む」ことを考えましょう。
 以前、他の方の質問に「善き人の香りは、風に逆らいても匂う」https://hasunoha.jp/questions/43937  という回答をしたことがあります。修行を重ね、徳を積む。そして、徳を積んだことは、御香が風に逆らってでも匂っていくように、ロータスさんの人柄が周囲に広まっていくと思います。

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 目の前の方の悩みや気持ちをしっかりと受け留め、心を開いてもらうように努め...
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質問者からのお礼

【中田 三恵 先生】
 ご回答ありがとうございます。違いや良さを認める…良さはもはや
発見不可能です。強いて言うなら、「絵が達者」とか、「漫画やゲーム
に詳しい」くらいで、人格としての良さは一切持っていないようです。
 優しく穏やかな笑顔で相手を受け止め、他者を見下さぬことが肝要
ですか。そういった意味では、知り合いに「あんたはいつもばか丁寧
すぎるんだよ」と言われるくらいなので、この心構えは維持していこう
と思います。
 ちなみに連中は、「公僕」と呼ばれている人たちを見下すような
発言を頻発します。それこそ、「他の人を見下す」ことが癖になって
いますね。ああ、汚らわしい!

【吉田 俊英 先生】
 ご回答ありがとうございます。中田先生へのお礼にも申し上げましたが、
彼らに人格としての良さは私には発見できません。
 お釈迦様のお話は、私も存じ上げています。凄い方ですよね。さすが
私たちの開祖様です。
 自分自身の向上ですね。頑張ります。まず、どこから手を付けて
いこう…上げなければいけないところが多すぎて、考えるだけで
疲れてしまいそうです(笑)

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