連絡の取れない友人について
お世話になっております。
今回は私の数少ない友人のことでご相談させてください。
高校からの付き合いで、たまに文通や贈り物をしていた間柄の友人がいます。基本数ヶ月おき、数年間連絡を取らない時期もあったりとお互いマイペースに付き合っていました。
その友人から連絡が途絶えて(私からの手紙を最後に)2年になります。私自身も家族の事や自分自身のことで手一杯ですが、友人も仕事が続かなかったり複雑な親族関係のいざこざ等で余裕のない生活をしています。
特に仕事に関してはこのコロナ禍で今仕事をしているかもわかりませんし、家庭環境も複雑です。
その友人の近況が気になるのですが踏みとどまってしまうのは、もし金銭や仕事の悩みがあって聞いてほしいと言われても、私自身それを聞いてあげられる余裕がないためです。
5年ほど前に仕事のことや社会的な悩み諸々を長時間聞いたことがあるのですが、今回もそのような話になってしまった場合、私自身また心身のバランスを崩してしまいそうで怖いのです。
心配は本当に心配なのですが、金銭面でサポートしてあげることもできないし、受け止める余裕もない。話は聞いてあげられないけど近況は知りたい、そんな野次馬根性のような気持ちであると自覚するたびに自己嫌悪になってしまいます。
連絡してみれば意外とうまく元気にやってた、というのが勿論嬉しいのですが、無理をして望まない仕事をしている、調子を悪くして寝込んでいる、どこかに転がり込んでいる、最悪は…等々が十分にあり得るため二の足を踏んでしまいます。
そのような事を考えるときに元気でいる事を願うくらいしかできないのですが、それは友人といえるのでしょうか?
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
友人だから、心のどこかでずっと気になる存在なのではないかしら
友人だから、心のどこかでずっと気になる存在なのではないでしょうか。
関係性をどう呼ぶのかというのもあるでしょうが、あなたが相手をどう思っているのかも、あなたにとっては大事なことかもしれません。
お互いに月日を重ねるのですから、そりゃ変化しますし、状況も変わっていくでしょう。友人を思い出して、自分の励みにしたり、また会える日までと願ったり。そんな想いを大切にし続けたっていいのではないかしら。
質問者からのお礼
随分長いことお返事ができず申し訳ございません。
当時は受け止めづらかったり色々手一杯になってしまいそのままになってしまいました。
今改めて読んでみて、当時の自分が感じていたわだかまりが落ち着いたこともありますが、なんとなく、すとんと理解できたような気がします。彼女の存在を心に留めておくという認識もありなのかなと思えました。
時間がかかってしまいましたが、大変ありがとうございました。



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。
◆ 終末期ターミナルケア、看取り、希死念慮、自死、グリーフケア、トラウマ、PTSD、子育て、産前産後うつ、不妊、傾聴、手話、要約筆記者 としても、サポート
◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。
(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )