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いくらお祈りしても苦しいのが消えない

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有り難し有り難し 23

私は、お寺巡りをして色々なすごい人たちが作った仏様のみまえで手を合わせるのが趣味というか、日常になっています。
今、私自身とてもしんどい状況下にあり、最近はそのことを思いながら「助けてください」と心の中で呟きながら手を合わせています。
しかし、しんどいことに変わりはなく、仏様がずっと見守っていてくださるという安心感すら得られずにいます。
それどころか、お祈りを捧げることによって、しんどいことを思い出してしまって逆にしんどさが悪化するパターンすらありました。
私の祈り方が間違っているのでしょうか?
正しいお祈りの仕方、作法や、お祈りする時の心の在り方についてアドバイス願いたいです。

2021年10月17日 10:22

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自分を救えるのは自分だけ

仏教に限らず、どんな宗教、どんな人種にもお祈りはあります。
祈る対象は違うけれど、祈る人の気持ちは一緒だと思います。
願い事の成就だったり、心の安寧だったり、あるいは救いだったり。
ただ、祈った瞬間に何かが起きるわけではありません、それは映画やアニメなど物語の中だけのお話で、現実には何も起こりません。

では何故、人は祈るのでしょう?

それは、自分の身の回りの「自分の力ではどうにもできないこと」に直面したとき、よりよい結果になりますようにとの願いからではないかと思います。
生きていると、自分の力ではどうにもできない出来事に直面する瞬間がままあります。
人間関係でも、他人は必ずしも自分の思い通りにはならないし、自分自身さえも老いや病など、思い通りにならないことだらけ。
そんな中でも、人はより良く生きたいと願い、祈ります。

祈った結果が、思い通りでは無かったとしても、文句は言えません、そもそも何も起こらないのですから。
全ては自分の行いと、ご縁の成り行きの結果でしかないのです。
思い通りにならない物事は、どうがんばっても思い通りにはなりません、時間の流れとご縁のなりゆきにお任せするしかないのです。
でも、不思議なことに、全部なげうってお任せしてしまうと、心が楽になるんですよね。
いったん全部をなげうってしまって、ただ祈る。
すると心にひとつ「句読点」をつけることができます、自分を見つめ直す、世界を見つめ直す、そういう作業ができるようになります。

祈っても「奇跡」はまず起きません。
けれど、自分を変えることはできるはず。

2021年10月17日 16:01
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有り難し
おきもち

様々なつらい別れや痛みを、私も経験しながら今日を生きています。 あなたの...
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質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。
私が、祈っても心が楽にならないのは、きっとすべてをなげうることができていないのだろうなと、思いました。
心のどこかで、自分のことは自分で決めたいって思ってしまっているんだろうなと、思いました。
これからはすべてをなげうることができるようにと、手を合わせていきたいです。
精進します。
本当にありがとうございました。

「お寺に参拝・訪問」問答一覧

お寺や神社を訪れた際の撮影マナーについて

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有り難し有り難し 2
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お寺へ直接相談をしに行くことは可能なのか

先月祖父を亡くし、来月の頭に四十九日を迎えます。 四十九日を迎えるまでの魂は私たち家族のそばにいて見守ってくれているという話を聞いたのですが、その後の魂はどうなってしまうのか、という相談を先日こちらでさせて頂いたところ、有り難いお言葉を頂きとても心が癒されました。 その中の一つに、「魂についての捉え方などでわからないことがあれば、葬儀でお世話になったお寺さんに聞きに行ってみてはどうでしょう」というご意見がありました。 実際に葬儀でお世話になったお寺さんは我が家が長い間お世話になっているところでして、葬儀の終わりに住職さんから「わからないことがあれば聞きに来てくださいね」と言って頂きました。 しかしあくまでそれは法事などの際に何か質問をさせてもらえるということだと思っていたのですが、直接こちらからお寺に出向いてお話をさせていただくということはお寺として可能なのでしょうか? お墓や葬儀についてではなく個人的な気持ちの悩み相談という形になってしまうので、そのようなことでお時間を取ってしまうのは申し訳ないと思うのですが、お寺のほうに電話などで確認を取ることはご迷惑ではないですか? そして、もし直接お話させてもらえることになった場合、お布施というか、何か持っていくべきものはあるのでしょうか。 わからないことばかりで、助言をいただけると嬉しいです。

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有り難し有り難し 20
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ