格好付けない為に 己と真剣に向き合う方法
最近、無意識レベルで格好付けることに執着していて、それが自分の人生をつまらないものにしていることに気が付きました。
例えば、私は親しくしたいと考えている人に対して、むしろ素っ気ない態度で接してしまいます。これは、自分が好む人に変だと思われたくない、つまり格好つけていたいことの表れだと考えています。
行っている対策は、格好付けようとしている自分に気が付いたら、その反応を意識し、なくそうとするというものです。しかし、なかなかうまくいきません。変に思われたくないという気持ちが強大に感じ制することができません。
自己受容すれば、本来の自分を認めることができ、格好付ける必要がなくなるとも聞き、本来の自分を認めようと思いますが、「ありのままでよい」と自分の心に向けて発言してみても、なにか他人事のような気がしてしまいます。心に染み入っていかないことに無力感を覚えます。
俯瞰すると、じたばたと改善を試みるも、己の本質部分に触れることすらかなわない状況かと思います。
己と真剣に向き合い、自分の弱さに対して本気で改善したい。しかし、形のないものなので、どうも要領を得ないのです。最後は己の決断であると理解はしているのですが…。
何かヒントを頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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意志は一人で、鍛錬はみんなで
「自己受容し、ありのままの自分でいる」というのはまさしく
「言うは易く行うは難し」の代表のような表現方法です。
自分の中で完結しようというのがさらに高度です。
なぜ自分の心に響かないかと言うと、カッコつけないコミュニケーションが自分にどういう利益をもたらすのかが実感できていないからだと思われます。
ではどうすればよいのか。
“第三者の視点・発言”を使ってみましょう。
例えば初対面の人と向かい合っていて、お互い緊張のあまりコミュニケーションが円滑でない場合。
『緊張して向かい合ってる二人って傍から見たら面白いですよね』
『この沈黙、緊張しますね』
というような、第三者の視点から実況するようなセリフで共有すると、緊張が薄れます。
『いやー、この場面、カッコつけたくなりますね』
『カッコつけたくて思わず「○○」って言っちゃいそうになりました』
と、相手とカッコつけようとしたことを共有してみましょう。
SNSで共有しても良いです。
それが自己顕示欲ではなく、向上心から行うことなら良い結果を招くはずです。
弱点は自分の意志で克服するものですが、鍛錬・訓練は人の手を借りるべきなのです。
質問者からのお礼
けいじょう様
ご回答いただきありがとうございます。
自分一人で乗り越えなければと思い込んでいる自分に気付かされました。
課題は理解できているので、第三者を巻き込みながら自分と戦います。