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外見コンプレックスとの向き合い方

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こんにちは。春から大学生の女です。
私にはコンプレックスがあります。

1つ目は指先にある、最近できたホクロです。スマホを持つ時にいつも目に入り、気になってしまいます。治療費はバイト代で充分賄えますが、今は親の同意が必要であったり跡になるリスクも考えると手を出せません。
2つ目は前歯が汚いことです。歯医者に行くと初期虫歯なので様子見しか出来ないと言われていますが、白濁だけでなく茶色い傷や凹凸もあり悩んでいます。削らず治す治療法があるそうですが、合計50万もかかるそうです。

お金をかけてでも治したいのですが、大学生は自由に使える時間がありそれをバイト漬けにして他が疎かになってしまうのももったいないなと思います。

こういったことを踏まえると4年待って社会人になってからするべきで、私もそうするつもりなのですが、毎日毎日ふたつのコンプレックスのことで悩み無駄な時間を費やしています。自分でも考えないよう努力していますが、悩みすぎてうつ寸前なくらい毎日気分が落ち込んでいます。

他人の目が気になるとか、他人と比べて自分は劣っているということではありませんが、自分の欠点について考えると不安になり何も手につかなくなります。

金銭的な面ですぐにこのコンプレックスを解消することはできないので、どうにかその間、コンプレックスとの向き合い方を教えて頂きたいです。あわよくば、別に治さなくてもいっか!と思えるようになりたいです。

文書がグダグダで分かりにくいですが、何卒アドバイスよろしくお願いします。

2022年3月28日 13:15

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

きっと他の魅力がコンプレックスをカバーしてくれるわ。

外見って、一番気になっちゃうよね。
治療や切除のために、色々調べたのね。
私も、ホクロやニキビで悩んだりして、お金もかけながら向き合ってきた10.20代だったから、あなたの気持ち わかってあげたいな。

外見を気にするから、他の場所もちゃんとお手入れしよう、磨こうって気持ちにもなったし、スキンケアや適度な運動も大切にずっと続けているの。そしたらね、気になる部分もあるけれど、他でちょっと自信が持てるようになったりね、ちゃんと別の部分がコンプレックスをカバーしてくれるようになったのよ。
それに、医療や美容も進化していきますから、より身近に手軽に治したりカバー出来るようにもなってきたように感じています。今なら安く出来るのに、あの頃 気にし過ぎて、お金使っちゃったな〜ってね。後悔はしていないけれど、いい時代になったなと思うこともあるの。

だから、あなたも、今すぐには無理でも、手を伸ばせるようになる日がくるんじゃないかな。そしてそれまで、コンプレックスも含め、自分を愛せるように、日常のお手入れを丁寧に。きっと他の魅力がコンプレックスをカバーしてくれるわ。

2022年3月29日 1:44
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はじめまして(*^^*) 中田みえです。 教善寺 住職として、母親として...
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「容姿・外見の悩み」問答一覧

顎変形症の自分が好きになれない

僕は40歳で独身、仕事は新聞配達のアルバイトをやっています。 住んでるところは会社が用意してくれているアパートです。東京23区内に住んでいます。   以前も相談させてもらいましたが、今回は相談内容が違うものです。 今、悩んでいる事は、自分の容姿の事です。 僕は下あごが長く、わかりやすく言えば受け口です。また、下あごが右に少しズレてしまっていますので、噛み合わせが良くなくて、全身の体の歪みにつながってしまい、実際私の体は歪んでしまっていて、健康的にも良くありません。 私は40歳です。今まで自分の受け口の事を忘れて生きてきましたが、今は外科手術を伴う歯の矯正をしようとしています。手術までに1年半から2年くらい手術前矯正をするそうです。顎変形症というのは一種の病気として扱われるので、普通の矯正とは違い健康保険も適用されます。費用はそれでも40から50万くらいは必要になると思います。 外科手術をすれば下あごが後ろに下がり、見た目、受け口が治ります。 手術後も2年くらい歯に矯正器具を入れ、矯正をするそうです。 私は受け口の事を忘れて生きていました。本当に頭の中にない状態でした。 横から見ないとあまり気にならない、というのもあります。私の場合完全な受け口状態でもなくて、切端咬合と言って、上の歯と下の歯がぶつかる形になってしまいます。受け口とは下の歯が上の歯より前に出ている状態になります。切端咬合は噛めない状態になります。上と下の歯がぶつかっていては物が噛めないですから。わかりづらいでしょうが物を噛み切るために結局、下あごを前に出す事になるんです。だから結局受け口になります。20歳頃に受け口に気付きましたが、その時は何日かノイローゼのようになるくらい嫌になりました。 歯の矯正をして手術をすれば見た目、受け口は治りますが、手術まで2年くらいかかります。私は受け口の自分の容姿がとても嫌です。だからこそ、忘れてしまっていたのだと思います。 しかし、思い出しました。治したいので、自分の受け口と向き合う事にしました。 毎日しんどいです。彼女もいません。寂しいです。つまらないです。 お酒も飲むしタバコも吸いますが収入は大した事はありません。新聞屋なので、寮だけはあります。 このままだと、何かの病気になってしまうような生活になってしまっています。 ご助言をどうかお願いします。

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自分の外見について悩むのは止めたい

最近私は、今までも何度となく襲われてきた外見コンプレックスにまた見舞われています。 きっかけは初詣でした。 私は家族とともに神社にお参りに行きました。 元旦なのですごく並んで待ちました。 待っている時、周りには大勢の人たちがいて、カップルも結構いたのですが、そのなかの一組のカップルがすぐ目の前にいて何となく見ていました。 後ろ姿しか見えませんでしたが仲が良さそうで、私は女性のほうを見て、「あんな可愛らしい感じだったら、自分も若い時に誰かに好かれることができたかな」などと考えていました。 それだけのことなのですが、初詣から帰った後、私はいろいろと自分の今までの人生について、私は自分の外見が可愛いとかきれいだったことはほとんどなかったということをなぜか思い出してしまったのです。 人生でそれほど容姿が悪くはなかった時期はありました。 けれども、思春期に私は顔が大分変わってしまい、可愛くなくなりました。 高校でも大学でも全くもてず、自分でも可愛くないから仕方ないとあきらめていました。 今にして思えば、メイクをもっとするとか髪型を変えるとか努力すればすこしはマシになったかもしれません。 でも、そういう努力をしなかったので、いつまでもさえないままの外見でした、 その容姿のためか、それとも容姿のせいにして努力をしなかったためか、私はとうとう人生で一度も恋愛をすることはできませんでした。 なんとか結婚できたのは、本当に一生懸命婚活をしたからで、このような私でもまあまあいいかと考えてくれる人がいたからだと思います。 結婚するまではそれでも外見に気を遣うようにしていたのでそれほど悪い外見ではなくなっていたと思いますが、出産後は再び元の可愛くない容姿に戻ってしまったようで、今に至ります。 「きれいなおかあさん」などと言われたことは一度もないと思います。 実際にそうではないですから。 でも、いつも容姿のことばかり考えているわけではないのですが、なぜか今回の初詣で、今までのさえなかった過去のことや、結局のところ一生容姿や外見のことでは自信が持てないなあ、とういことを深く考えてしまっています。 もうこの悩みからは解放されたいのですが。

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容姿が醜く、生きていても辛い

私は顔が人よりとても長く、特に顎が長く醜い容姿をしています。 私には姉が2人いますが、2人とも絶世の美女で、私だけブサイクです。 なので、若い頃から、姉たちにブスだ、顔が気持ち悪いなど顔の指摘をされてきました。 人からも、姉の方が美人と何度も言われてきて本当に辛かったです。 父親は顔立ちも良く、私にもとても優しいのですが、母親は姉の容姿ばかり褒めていて、私は褒められたことがありませんでした。 母親は美人というほどではないそうですが、私よりは整った顔立ちをしています。 家族や親戚に私よりブサイクな人はいません。 どうして私だけ、不細工に生まれたの! 世の中不平等だ! と怒りが湧いてきます。 そんな私でも、結婚し、可愛い子どもに恵まれました。とても幸せだったのですが、どうしても顔のことが頭をよぎります。 今の家庭や主人の親戚にも私ほどブサイクはいません。 友達や街を歩く人を見ても、私よりブサイクはいません。 そう思っていると、自分の居場所がなく、全ての人に見下されているように感じます。 また、娘に将来、ママより姉たちの方が綺麗だと言われたり、姉たちの子どもに生まれたかったと言われるのではないかと不安です。 大切な娘だからこそ、言われると特にショックを受けるのではないかと怖いのです。 長くなりましたが、本当に顔が悪いと生きづらいですし、世の中はとても不平等だと思います。 僧侶の方々は、不平等だと感じた時や生きるのが辛い時、どのような考え方をしているのでしょうか? また、自分勝手で本当に申し訳ありませんが、こんな私を励ましていただけると嬉しいです。

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左目の容姿を欠損し、酷く不細工の別人の顔になりました。顔が自分のアイデンティティの多くを占めていたことがわかり、まだ絶望の日々です。ナルシストのところがあり、以前は鏡に映る自分の顔が整っていることに自分でも驚くこともあり、人生に感謝していました。逆境が多かったため、それと引き換えに人生が与えてくれたという神話を自分で作っていました。神経質で完全主義でありました。おそらく、愛情不足から、自他に自分を認めさせるためになったかもしれません。学校では成績1番や、資格は最上位(英検1級、博士号)などを目指し、そのようになりました。一方、神経質でもあり、本の角折れがあると新しい本に買い替えたりしていました(今は自分を新しいものに取り替えたいがそれができない状況です)。父親が仕事をあまりせず、借金を作ったり、アルコール依存であり、その逆境をバネに生きてきたようです。容姿が変わった理由は15年ほど前に酒に酔った父親から殴られてできた目尻の傷を消したくて、2年前に傷痕治療の専門院に行ったところ、医療ミスにより、数十倍ひどくなったためです。父親の呪縛、容姿に執着した自分の強欲さ、また、医師への憎しみなど煮えたぎった感情が蠢いています。自分の自分でなくなった顔を見ると絶望します。左目以外は整っていると感じるため、それらが逆に不気味です。皮一枚で自分が消える人生の脆さや不気味さが身に染みています。以前は鍵をかけて安心して生きられていましたが、今は鍵をかけたくても一生かけられない不安定な感覚にいます。 質問ですが、顔より中身が大切である価値観に辿り着くにはどうすれば良いでしょうか。他に、あるがままに(自分でなくなった自分をあるがままに)受け入れるにはどうすれば良いでしょうか。 これまでに取組んだ内容は、鏡を見ない、容姿を欠損した人の本や醜形恐怖についての本を読む、人を非難しない、薬物治療、心理カウンセリング、小鳥を飼う、整形カウンセリング(今の技術では修復不可だそうです)、客観的な意見をきく、等です。 心に他力本願の甘えがあるからこの状況が続いています。訳がわからない状況です。たくさんのご回答を頂きましたが、なにも変わらい私です。

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綺麗になることを楽しみたいです

初めて質問させていただきます。 自分の容姿について悩んでいます。綺麗になろうとすればするほど、自分が醜いように感じてしまうのです。   冗長かもしれませんが、経緯を書かせていただきます。   私は2年ほど前から鬱病を患っており、生活リズムも食生活もひどい状態でした。今では友人や家族のおかげもあって落ち着き、寛解しています。 ですが、鬱による無気力や生活習慣の乱れから、肌はボロボロになり、体型もかなり肥満になっていました。 そこで回復とともにダイエットやメイクの勉強を始めました。1年ほど前からです。   当時は回復期だったこともあってか、自分の努力次第で自分が変わっていくのがとても楽しくて、体型やメイクに気を使い、「私にはこういうメイクが似合うのか!」「私もちゃんとすればそれなりに見れる顔じゃん」と、毎日ワクワクしていました。 かなり痩せて、周りから「頑張ってるね!」と言ってもらえるのも嬉しかったです。   ですが、最近どうも様子がおかしいのです。 前は鏡の中の綺麗になった自分を見て嬉しくなっていたはずなのに、最近は「頬のシミが気になる、もっと良い美容液使わなきゃ……」「額の形が嫌、整形したいな……」と、コンプレックスばかりに目が向いてしまうようになりました。美容について勉強したり、色々なものを試すほどに、そうした意識が強くなっていくのです。 街を歩いていても、「私は他の人と比べて顔が大きいな……」「他の女の子はみんな美人ばかりだな……」と思うことが多くなりました。   もともと綺麗になることを楽しんでいたはずなのに(そしてそれが私の心を救ってくれていたのに)、いつの間にか義務感や強迫観念に変わってしまったような気がします。   こうして見た目に執着してしまう自分がとても俗的に思えて情けないですし、不健康な気もします。こだわりすぎてお金もかかりますし……この変化は一体何なのか、戸惑いが大きいです。   どうしたらまた前向きにお洒落や美容を楽しめるようになるでしょうか、何かご助言をいただけると嬉しいです。

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顔に目立つ疾患があります。

生まれつきの疾患が顔面にあり、普通の顔をしておりません。通りすがりの子供がお岩さんだと指差してきたり、知らないお婆さんに可哀想なお顔と憐れまれる、服屋の店員に「アレで何着ても無駄でしょ」と笑われる、仕事で対応した客に「お前と話したくないから他の人呼んで。」と言われる。それが日常です。被害妄想でしょと言われることがよくありますが、嫌悪感を剥き出す人は一定数います。 「すごく醜いってことは、美しくなる可能性が無限大ってことじゃん。」と自らに言い聞かせて、今まで耐えてきました。たくさんのメイク教室に通いました。イメージコンサルタントに行き似合う服を探してもらいました。ヘアケアと筋トレをしました。髪がツヤツヤで引き締まった、服に気を遣っているお化けが出来上がりました。鏡を見ると、我ながら気味が悪くて笑ってしまいます。本当に酷いんです。気持ち悪いという人の気持ちがよくわかります。単なる醜いを通り越しているんです。 正直もうやれることがないです。あれをすればこれをすればもっと頑張れば普通になれるんじゃないか、帽子とサングラスで顔を隠さなくても外を歩けるんじゃないかと、そういう希望に生かされてきましたが、弾が尽きた感じです。誰を見ても羨ましい。だって普通の顔をしている。みんな綺麗です。私はなぜ、ただ歩いてるだけで死ねと言われなくてはいけないのか。 私の望みは、①新しい顔をもらうこと、② 他人に気持ち悪い等と言われないことです。どっちも不可能です。顔も他人も変えられませんから。 結局、私にできることは、諦めることと、気にしないことなんですよね。なかなかそれができません。 希望が尽きて生きるためのエンジンが失われた感じです。なんでこのツラをさげて生きなきゃいけないんでしょうか。大した人生でもありませんし、苦しみに耐える意味はなんですか。なんだか、とても疲れました。

有り難し有り難し 10
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ