hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

穏やかな人になる方法

回答数回答 1
有り難し有り難し 17

相談を聞いていただきありがとうございます。

個人事業主をしております。
一つは店舗経営、もう一つは作家です。

今回の悩みは作家業についてです。

クリエイター業は実力社会なのですが
作家同士が集まるとどうしてもマウントの取り合いのようになってしまいます。
私もそれを遠目で見ていると嫌だなと思うのに
ついつい「こないだはこんな仕事をした」「こんな評価を受けた」と
言ってしまう自分がいて、自己嫌悪してしまいます。

本当にすごい人はそんなことを言わない、と思いますし
事実、言わなくても余裕があるように見えます。
そしてSNSでもその傾向があり、
「忙しくて大変」「締め切りに追われている」と投稿してしまい
これもマウントだな、と思って消すことがしょっちゅうです。

でも、自分の生活のほとんどが仕事で、人と会っても
話すことがほかに思いつきませんし
SNSで投稿することもありません。

感情的なことを口にすると、病んだことを言ったり
書き込んでしまいそうでいやです。

人前でマウントしないようにするにはどうすればいいでしょうか?
そしてSNSで不快な投稿をしないようにするには
どうすればいいでしょうか?
(不快なツイートをしたいわけではないのですが
思い返すと、不要だったな、と思って消してしまいます)

2022年6月9日 13:37

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

憎まれっ子、世にはばかる

拝読させていただきました。

心はとても見難いものであるからこそ思い悩む気持ちお察しいたします。

ここで、仏教観点ではどのように心構えとしておくのかをお伝えしておきます。

・他人の過失を見るなかれ、他人のしたこと、しなかったことを見るな。ただ自分のしたことと、しなかったことだけを見よ。

釈迦の言葉ですが、他人の評価を気にすることを気にするなということであり、人の行いには良い行いも悪い行いをするにしても誰からも文句や妬みやっかみは付随してきます。

・沈黙する者は避難され、多く語る者も避難され、少し語る者も避難される。

こちはも釈迦の言葉です。
これはどの時代においても避難されない者は誰一人としていないということです。
人の主観はそれぞれであり、時代・環境・境遇により人々の心の在り方(思考・思念・思想)はひとつとして同じ者はいないということであるからこそ、生じていく自然的なことであるということです。

他人の評価や、他人への見解、他人への欲求など様々ですが、他人を意識せず自分らしい道をすでに自営業としてお待ちであるなら、なおのこと自分らしく今を生きることは他人からは魅力となり、評価される人へと変化していく流れを形成していきます。

因果の法則である仏教では、原因という「SNSでの発信など」も発信する前に結果を考察し、躊躇する迷いが少しでもあるときは発言内容を変更もしくは待つことで、結果は不安から安心の果へと変貌していきます。

タイトルで記しました「憎まれっ子、世に憚る」では、善の意味としてとらえていただきたいのですが、他人の評価なんて意識していなく、自分は自分。自分らしく生きている。嫌われることを恐れない。嫌われることが悪いことではないという意識を持つことで、不安は去っていき心は強固され強くなっていきます。

合掌

2022年6月10日 14:11
{{count}}
有り難し
おきもち

祈るこころに佛心が宿る。 変化多き時代を生きる私たちにできること、それは...
このお坊さんを応援する

質問者からのお礼

すてきなお言葉ありがとうございます。
人を気にしてばかりではいけませんね。
傲慢にはならないように、自分で自分を律して生きていこうと思います。
ありがとうございました。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ