母親との関係
お世話になってます。
今回は私の母親との関係のご相談です。
以前、子供が不登校になっているご相談をさせていただいてましたが、今は末っ子の次女が完全不登校です。
不登校だけでなく、毎日、過去の自分の行いを悔いて泣き叫びます。機嫌が良い時ももちろんありますが、外にもなかなか出られない状況です。
上二人については今は落ち着き学校に行ってます。
こんな状況で、私の母親に電話やラインで相談などしてます。
側から見たら、仲の良い風に見えてると思いますが、私自身、小さい頃から怒られて育ちました。
お母さんはすぐ怒るとは自認してましたが、反発しようという気は起きず、そのまま過ごしてました。
大人になって怒られることは無くなりましたが、嫌だなと思うことがあっても言えませんでした。
私は不育症で流産を繰り返してます。
2度目の流産をした時、今回も危ないかもしれないということを母親に伝えると、毎日電話がかかってきました。
調子はどうか?という電話なのですが、私自身もお腹の中で起こってることはわかるはずもないし、私が赤ちゃんがちゃんと育ってるか知りたいくらいでした。
とてもしんどい電話でした。しかし、その思いを伝えることができませんでした。
それ以降は、流産してから伝えてました。
そして、数年前から、子供たちの悩みを抱えるようになり、母に電話で相談してるうち、今まで言えなかった私の思いがでてきて、子育てに関する愚痴を言うようになりました。
私が子供の時、母の言動でつらかったことや、学校でいじめにあっててもいえなかったこと。流産の時の電話がすごくしんどかったことなど、伝えました。
しかし、伝え始めると、どんどん母への不満の歯止めがきかなくなりました。
困らせたいわけではないけど、困ったことや辛いことがあると母にきつい言葉で言いたくなります。
母も話しを聞いてくれるときもあれば、お母さんがわるいんでしょ!とか怒ったりもします。
この年になって、小さい時のわだかまりがでてきたのでしょうか?
家庭内では、夫が、わたしにきついことを言ったりするのですが、それが私には恐ろしく、ついついおこられないようにしないとと思ってしまいます。
末っ子が泣き叫ぶと夫も機嫌が悪くなるので、すごく焦ります。よくないことだとは理解してます。
小さい頃の私の怒られたくないという気持ちが今に繋がってるのでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
みんな精一杯
こんばんは。今のご自分の感じ方が、子どもの頃の経験と繋がっているのではないか、とのことですが、それは勿論あり得る話です。子どもにとっては親が唯一の親ですから、望むと望まないとな関わらず、「親とはこういうもの」は自身の親です。
その後さまざまな経験をすることで、「それが全ての親に共通することではない」と学んでいきます。また自身が子育てをすることで、改めて「自分としてはどうする?」を考えていくようになります。人も違うし世間の環境も違う。全ての子育ては唯一のものである(他の子育てとは異なる)と理解していくのです。
その過程で、自分の親に言いたいことも生まれるでしょう。文句も、そして感謝も。
お尋ねは、その持って行き場、持って行き方なのだと思います。私としては、お仏壇のご先祖さまをお薦めします。またはお寺の仏様。どんな辛い話でも、時に汚い言葉であっても、黙ってどこまでも受け取ってくださいます。私は自分の「どうしようもない思い」は全て仏様に受け取ってもらうつもりでいます。
もしも、その環境がなければ、ここhasunohaはその場として使っていただいて良いと思います。
もしもお母さんに恨み言を言ってしまい、「しかし母にとっては、あれが精一杯だったのだろう」と思える余裕が生まれたら、「でもお母さんにとっては、他にもやりようが見つからなかったのだろうと思う」と付け足してあげてください。怒るしか対応のバリエーションがなかった。他にやりようがなかった、できなかったと理解してあげられたら、あなたの苦しみも軽くなるだろうと思いますよ。
質問者からのお礼
お礼遅くなり申し訳ありません。
実は先日、同じようなことをある方に言われました。
こちらのコメントと合わせて、すごく納得いきました。
その方はまた追加でほかのこともおっしゃっていたのですが、お寺に関することですので、また改めてご相談させていただきたいと思います。
この度はありがとうございました。