不思議な体験
今年、叔母の一周忌がありました。お寺さんでお経が始まると一ヶ所の窓ガラスがガタガタと音がなっていました。風かと思ったのですが外は風が吹いていませんでした。お経が終わると音はしなくなりました。私と娘だけがきになり、窓ガラスが鳴っている時、娘の腕に誰か触っている感じがしたともいっていました。
元々娘は、小さい時からそいうのに敏感でした。この現象はなんなんでしょうか?
ちなみに、お墓参りに行くのを少し嫌がります。(場所によりますが)
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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お仏壇に手を合わせたらいい、心で想ったらいい。大切に過ごして
プロフィールも読ませてもらいました。大変なご苦労があったのですね。
叔母さんとはどのような関係だったのかしら。特別な思い入れはありますか?娘さんは、仏事(法事)の経験はありますか?
その瞬間に何が起こったのか真実はわかりませんが、敏感な方には感覚•五感が研ぎ澄まされていて、読経や おりんの音、お線香や焼香などが交わる空間の中で、音や触覚に反応が起きた、周りには気づかないほどの感覚を感じたのかなと思います。
ただ、決して怖いものではないし、亡き人は既に仏様の救いが届いているのですから、脅やかすものではありません。
それでも、このような体験はビックリしますよね。娘さんが、お墓参りを嫌がるのなら、無理はしなくていいですよ。余計に過敏にさせてしまいます。お仏壇に手を合わせたらいい、心で想っていたらいい。それぞれに、大切に過ごしましょう。
鳴り物の音波
お寺の鳴り物(楽器)や読経の声の音波が窓ガラスに共鳴して振動する可能性はあります。
たとえば、鳴り物が、叩かれていないのに読経の声に共鳴して「ワワ~ン」と振動することはありますので。
あまり気にしない方が良いと思いますよ。
仏教的には、私達の目に見えない天(神様)や餓鬼などが近くにいる可能性を否定しません。
しかし、あまり気にしすぎてストレスになるなら、気にしない方が良いのです。
たとえば、霊を気にして墓地等を嫌がる人は、気にしない人に比べて日常生活のストレスが増えますからね。
南無阿弥陀仏(なむあみだぶなむあみだぶ)と念仏を唱えて、神様や幽霊、ご先祖様が阿弥陀仏の光明に救われますようにと願いましょう。
質問者からのお礼
質問の回答ありがとうございました。
叔母は少しの間ですが母親代わりをしてくれました。娘も叔母が好きでした。コロナでほとんど逢えてなくて、最後に会ったときには私の事は分かっていませんでした。
従弟が一人になってしまったのでこまめに連絡したり、たまに会いに行って叔母の話をしようと思ってます。
お墓参りは私の祖父母のお墓に行く時だけ少し嫌がります。嫌がる時はお仏壇に手を合わせるだけにします。