失明するのが怖い
私は失明の原因である緑内障を怖いと思ってしまいます
失明したら色んなことが出来なくなってしまうし一人で生きることが難しくなってしまうと考えると失明の原因である緑内障は怖いなと思ってしまいます。
文章にまとまりがなくて大変申し訳ありませんが、失明したらどうやって幸せを見つけて行ったらいいんでしょうか?
どうやって仏教を学んでいったら良いんでしょうか?教えてください。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
人に聞くのではなく自分で見つけるからこそ、幸せだと実感できる
あなたが緑内障の状態にあるのでしょうか?身体の一部が、喪失していくというのは不安であり恐怖ですよね。これからどうしていったらいいのかと。今まで出来ていたことが、難しくなる、また出来なくなるとわかりながら、生きていくのはとても恐ろしいだろうと思います。
もし私がそうなればと考えてみると…。
いろんな支援を調べるでしょう。目が見えない人がどんな生き方をされているかを学ぼうとするでしょう。自分の命、絶望したくないと、必死でその状態を受け入れていこうと努めたいと思うでしょうね。
私は日頃、聴覚障害者のサポートをしています。耳の聞こえが不自由な方が、皆 苦しみ悲しんでいるわけではありません。豊かな表現の世界で生きておられます。手話や筆談というコミュニケーションがありますし、通訳をする情報保障支援者や制度もありますからね。
視力に関しても、点字や音声ガイド、読書バリアフリーも広がっていくでしょう。こう言った部分が不便だよという声から、支援が生まれていきます。
仏教の学びも、教えをいただく形は、様々でしょう。あなたの形を探っていきましょう。
どんな状態になろうとも、決して見捨てないと誓われた仏様です。あなたも、どんな状態でも、仏様に帰依し、幸せを見つける生き方を歩んでください。それはきっと、人に聞くのではなく、自分で見つけるからこそ、幸せだと実感できるのでしょう。
質問者からのお礼
答えて頂きありがとうございました



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。
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◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。
(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )