この先の未来への悲観
こんにちは。田舎から上京し、都内で一人暮らしの大学生をしております。
大学生活の中で人間関係を構築し、気がついたことがあります。
自分は田舎にいた時は毎日のように友人と会い、何時間も時を共にしていました。そして、家に帰ると親や兄弟がいました。このような気心の知れた人が常にいる生活を高校を卒業するまでほぼ続けており、幸せな状態にありました。
しかしながら、大学生となり田舎を離れ、人間関係が薄く感じます。
1週間に何度か短時間会う人はいても、かつてのように気心も知れ、ずっと一緒にいる友人や帰りを待つ家族もいません。
そして最近、かつての常に幼い頃からの気心の知れた人が隣におり、帰りを待つ人がいる生活はもう戻ってこないと感じています。
このように考えると、田舎にいた頃が人生の幸せの頂点であり、もうここからは下がっていくしかないのではないかと考え、無気力になっています。
このような私にどうか少しでも幸せに生きる知恵を教えていただけないでしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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僕もおっさんがこんなに楽しいとは思わなかったよ
拝
相談ありがとうございます
多分多くの都会に出た若者の
気持ちを代弁してると思います
孤独は苦しい
それは真
必死になってバイトや友達との約束で埋める事もできる
けれども1人になれば孤独は同じ事
大人になりみんな昔の馴染みも
周りの学生もそれぞれの目標に向かい始めた頃でしょう
あの頃の遊んでれば良かった同じ時代は二度はこない
その苦しさから逃げる事はできない
若いうちの苦労は買ってでもしろ
若いうちはやりたい事をやりなさい
というでしょ?
今あなたがやるべき事はそのとおりなんです
次の一歩に進む為にはそういう修行が必要なんです
過去への逃避や悲観の道を選ぶか
または
挑戦と失敗の道を選ぶか
どちらの道を選んでも孤独はつきものです
ただし切り開かれた
未来は全然違うものになる
人は魅力のある人に集まる
その魅力っていうのは
優しいとか
経験が豊かであるとか
おもしろいとか
力強いとか
賢さがあるとか
徳を積んでいるとか
そういう積み上げたものから生まれる
若いうちに魅力が無いのは当たり前
自分で意識して積み上げなければならない
無意識でも人と繋がれた子供時代とは違う
あなたが繋がりと幸せという真に気がついたという事は
次のステップに上がりなさいという事
余談だけど私も中学生から26歳位までずーっと孤独だったのだけども
やりたい事もやりたく無い事も
出来る事も出来ない事も
必要と思った事は
個人的な事も
社会的な事も
学校の勉強以外は
自分の中の仏と自由を信じて全部やってきた
そしたらねおっさんになってからが
めちゃくちゃ楽しい
これが逃げなかった成果なんだ
だから悲観しないでほしい
物事は捉え方一つで大きく変わってしまう
全ての人の中に仏の種がある
己の仏の声に耳を傾けて
精進なされて下さい
合掌
質問者からのお礼
ありがとうございました。積極的に挑戦しようと思います。