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僧侶の方に聞いてみたいと思っていたこと

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有り難し有り難し 25

どうすれば心は静寂に平安になるのでしょうか
お考え聞かせてください。

あともう一つ。
悟りとはどうゆうことですか
具体的に教えて頂けましたら、幸いです。

宜しくお願いいたします。

2014年7月6日 22:17

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

まず自分を…心を…みつめてください。

揺れ動くのが常の心を平安に保つのには…

心が波立ちお辛い時には、まずその状態を否定せずにしっかりと自分の中に受けとめてみてはいかがでしょうか?

そして何で辛いのかを見ると、大抵は

「あんな事しちゃった」「今までああだったからこんな自分では〜」などなど…
過去の事に囚われていたり、
「いついつまでにこれを間に合わせなきゃ、何とかしなきゃ」「未来にもしかしたらこうなっちゃうかも」「明日っからどうしよう」などなど…
未来の事に縛られていて辛さを感じる事が多いと思います。
 
そうなのです。心を波立たせる悩みや辛さの多くは、過去に囚われ未来に杞憂し縛られる事から起こるように思いませんか?

心を平安に保つには、過去にも未来にも囚われずに「今」をしっかりと見つめて「今出来る事」をコツコツと成していくのが良いように思います。

悟りですが…具体的に話せる程私は悟ってはおりませんので、弘法大師空海さまのお言葉をお伝えしますね。

「実のごとく自心を知る」

というお大師さまの言葉があります。
人間の心というのは自分で解っているつもりでも、実は全く解っておらず遥かに深く大きなものであるということなのだと思うのです。
それを実のごとくすっかり解った状態を悟りというのだと思います。

ご興味あれば、仏門を叩いてみてください。

2014年7月7日 18:45
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有り難し
おきもち

仏道に入門して30年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さん...

悟りへと向けて・・

いずみ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

うーん・・どちらも非常に難しい問い、誠に僧侶泣かせのご質問でございますね。。

「どうすれば心は静寂に平安になるのでしょうか」・・

簡単に述べますと無明・煩悩の生じない境地ということになるでしょうかね。もちろん、実際には相当に難しいことになりますが・・坐禅や瞑想の実践にて「三昧」(ざんまい)に入ると私たち凡夫でも僅かながらにも経験ができるのではないかとは存じます。しかし、凡夫においては、三昧から離れると、また煩悩・妄想があれこれと湧き出てきて、色々とやられてしまいます。三昧から離れても湧き出てきてしまう煩悩や妄想も然るべくに対治していくためには、やはり仏道を歩むことが望まれることとなります。

「拙理解仏教図式No.7(2014.6.14)」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/f11483ea1a2eb35ce5dcda72284b2bfa

上記拙図を少しご参照頂きまして、無明・煩悩の対治のためには、特に悟りの妨げとなっている煩悩障と所知障を断滅させていくことへの修行が必要であり、特には、智慧(空性の了解)と福徳(善徳・慈悲・利他行)の二資糧を円満に積んでいくことが大切なこととなります。

煩悩障と所知障を断滅させていくことについては、下記のページの内容が最も参考になるのではないかと存じます。内容はかなり難しいことが書いてございますが要点がまとめられています。

チベット仏教ゲルク派宗学研究室・教理の考察
「お化け屋敷の喩え」 齋藤保高先生

http://rdor-sems.jp/index.php?お化け屋敷の喩え

「悟りとはどうゆうことですか」・・

上記の拙図においての所知障を断滅した段階が悟りと言える境地となるかとは存じます。

しかし、悟りというものは、こういうものだとして、言語表現にて明確に説明できないものでもあり、実際にその境地に到達してみない限りは分かり得ないもので、やはり自内証されるべきものということとなります。

是非、この機会からでも仏教に更に興味を持って頂いて、仏道を共に歩みて、悟りへと向けて精進致して参りましょう。

川口英俊 合掌

2014年8月1日 12:07
{{count}}
有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

お返事ありがとうございました。
過去と未来に目を向け、悪いことにばかり気をとられ不安になるというケースは確かに多いと思います。
今のことを一生懸命やっていくことが、良い流れを作ってくれると思いました。
ありがとうございました。

「お坊さんのことを知りたい」問答一覧

禅の心

以前、代々ご家族の血縁でお寺をされている長男のお坊さんとお付き合いさせて頂いておりました。 私は、小さい頃からずっと日本の文化が 好きです。行動や意味、全てに想いが詰まっていると思うからです。禅もそうだと思います。宗派や教えは違いますが、修行する意味、教えの意味、そこにある想いは一緒だと思うのです。 彼は継ぐ決心が出来ず、実家のお寺を離れて大学生をしている時に出会いました。彼のお父様にお会いした時、すごく違和感を覚えました。言葉では表しにくいのですが、冷たい…ドライな感覚です。彼もお坊さんになる決心をして、修行に行くまでの期間、その違和感に似たものが私の中でどんどん大きくなっていきました。偏見の言葉や、権力には敵わないなどの発言も多くなっていきました。お父様そっくりでした。 お別れした後、周りの方からは「私達には分からない世界だからそれは仕方ない」「私達には分からない重圧があるのだろう」と。 それが私には納得がいきません。生きていくだけで辛い事、苦しい事が沢山あります。それはお坊さん一般人関係なく平等にあるものだと思います。 お寺の世界とは、一般の世界とは違うものなのですか?今まで自分が信じてきたものが分からなくなる時があります。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

坊主と乞食はどう違いますか?

挑発的なタイトルで申し訳ありません。もっとマイルドにしたかったのですが、字数の関係でできませんでした。決してお坊さんを馬鹿にしてやろうとか、悪口を言ってやろうとかいう気持ちはありません。むしろ日々尊敬しております。なのでそこの所をご理解いただけたら幸いです。 本題に入ります。 まことに、大変失礼な質問だとは思いましたが、心の中にふと思い浮かんでしまいました。 仏教書を読んでいたら、「仏教の出家者は一切の生産活動を放棄して修行に専念しなければならないので、一般の人たちからお布施をもらわないと食べていけません。」とありました。 その部分を読んだ時に浮かんだことは、「お布施をすることによって、お布施をした人にはなんのリターンがない。これでは乞食に施しをするのと同じでないか?」ということです。 もちろん、お布施をすることによって功徳が積める、物惜しみに打ち勝つことができるというのは分かっているのですが、現代人にそんなことを言ってもそれが何だよ?と鼻で笑われるでしょう。もし私が誰かに「坊主と乞食って何が違うの?笑」と聞かれたら私はなんと答えればいいのでしょうか? ちなみに身近なお坊様(そこそこ名のある立派な人です)にこの質問をしたら「違わないんじゃね?」とのことでした。ハスノハのお坊様方はどうお答えになりますか? 大変罰当たりな質問だと思います。このことで私の身に不幸が起こったら甘んじて受けるつもりです。しかし、後学のためになんとかお答えしていただければ幸いです。

有り難し有り難し 59
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