解ってはいるつもりですが
小学6年生の娘がいます。
娘の同級生で成績のいい子はほとんどが中学受験の塾通いを始めています。
娘も成績はいい方ですが、スポーツの選手になり毎日練習漬けの日々で、中学受験はしないつもりでいます。
住んでいる地域は、首都圏なので都立中高一貫も幾つかあります。ちょっと成績いい子は受験するような地域です。
娘のスポーツも先輩、仲間、コーチとの関係など、団体競技を通じ塾通いでは味わえない経験を一杯しており、何より娘がそのスポーツや仲間が大好きで練習や大会を苦にしていません。
娘の将来の夢は学校の先生なので大学には行きたいからと、忙しい合間に少しだけ塾通いをしています。
私自身が、娘の仲良しの同級生から取り残されるような焦りや、嫉妬などを感じでしまいます。
中学受験しないでスポーツばかりしてたら将来子どもにいい環境を与えてあげられないよと言われた事もあります。
中学受験をしないと取り残されてしまう感覚をなかなか払拭出来ません。
これから受験シーズンになって、周りがどんどん受験したら、どんな気持ちになるかと思うと、自分がほとほと嫌になります。
どんな考え方をしたら良いでしょうか?
よろしくお願い致します。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
ある砂漠に、馬1頭を引き連れて旅をする親子がいました。
過酷な道中です。
父親は息子に
『疲れただろう、馬に乗りなさい』
と言い息子を馬に乗せてあげました。
すると前から人が歩いてきました。
その人はすれ違いざまに
『父親を歩かせて自分だけ馬に乗っているとはなんという息子だ!』
と言いました。
それを聞いた息子はすぐに馬を降り、次は父親を馬に乗せてあげました。
するとまた前から人が歩いてきました。
その人はすれ違いざまに
『なんという父親だ、息子を歩かせて自分だけ馬に乗ってやがる』
世間はこんなものですよ。
何をやっても誰かが何か言うもんです。
中学受験をしなければ
誰か何か言うでしょう。
しかし、中学受験をしても
『あの人は望んでもない中学受験を娘にさせた』
てなことを言う人も出てくるのでしょう。
私は娘さんがとても楽しそうに、日々を暮らしておられる光景が思い浮かびました。
中学受験よりはるかに大切なことだと思います。
右向けば左向け、左を向けば右を向け。
とお尻を叩いてくる世間なんてほうっておきませんか?
世間という見えない型にはめることは、教育ではない。
はなこさん
受験についてのおなやみですね。
周りと違うと、何故か焦ってしまう。お気持ち分かります。
しかし、それは世間一般の価値観を押し付けているにすぎません。人はひと、それが本当にお子さんの望む道かどうかはわかりません。
今あなたがしていることはお子さんのことを全力で応援している姿勢そのものでしょう。何の問題もありません。
はなこさんは親として、お子さんのことを認めてあげてください。他の子供と比べることなく、ありのままを受け止めてください。あなたが不安になればお子さんも、私はこのままではいけないのかもしれないと不安になります。
世間の価値観を押し付けて型にはめることは教育ではありません。今まであなたがお子さんのためにしてきたことをそのまま貫いてください^_^
子供は何より親に認められることが喜びになるのですから。
質問者からのお礼
大乗様、ありがとうございます。
なるほど。解りやすい例えですね。
読みながらどちらが正解か考えてしまいましたが、そういう事ではないのですね。
娘が楽しそうに日々を送っているように感じていただけるのは、私も嬉しいし自分が間違っていないのだなと、安心しました。
中学受験より、はるかに大切な事と言って頂けて有難いです。
本当に励みになります。
ありがとうございます。
邦元様、ありがとうございます。
世間一般の価値観を押し付ける話は身に染みました。
おっしゃる通り、これからも子どもの決めた事を応援し、認めてあげたいと思います。
色々な事に全力で取り組んでいて、頭が下がる事があります。
私が誉めてあげる事で子どもの力になるなら、本当に嬉しい事です。
お2人の回答を読みながら涙が出て来ました。
この先何か迷う事があったら、読み返していこうと思います。
本当にありがとうございます。