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ひどい仕打ちを受けても助けるか

回答数回答 1
有り難し有り難し 17

御覧頂きありがとうございます。
普段人は迷惑をお互いにかけ、お互いにたまには文句を言いながらも許していくものだと思うのですが、確実に悪意からされたことも許し、さらに今後その人が困ったら助けていくものでしょうか。

中学時代、私はある友人に支配されていました。
仲良くなった頃は自分の考えをもったいい人でしたが、なかが深まるにつれ別人のような本性を表したのです。
まず、私が友達と遊んだ話をすると「あのこ、あなたの悪口を言ってるよ」と毎回言われました。みんな「そんなわけない」と。しかし、その時の私にとっては友達よりも問題の彼女の方が信用があり、周囲のことを信じられなくなりました。
それからしばらくし私が孤立気味になり、たまにその彼女と言い合いになると「そんなんだからあんたはみんなに悪口言われるんだよ」と私の人格を片っ端から否定し、しかも人の心をえぐるのがかなり上手く、私の気にしている部分を的確にもちあげてはぼろくそに言いました
またかなり口がうまいので、とんでも理論で口下手な私をいいかませます。
しかし、私が彼女の意見に賛同したり固定することがあると、とても誉めちぎるのです。
その時の私は彼女の機嫌をとるようになりました。
今思うと彼女の言うことは狂気の沙汰です。
あとから思ったのですが、信用をえて、孤立させ狭い関係においこみ、人格否定をくりかえし、自分に賛同すると誉める、これってマインドコントロールの手順です。わかってやっていたとは思えませんが。

高校のなかばから、高校がちがかったこともあり連絡もとだえ、「まともな」思考を取り戻せたのですが、最近連絡がありました。
私のことを大好きだ、また会いたい、困ったことがありあなたにしか言えないというような内容で
した。snsのアカウントをみつけたのですが、悪口が多く性格は変わっていないようです。
私は正直会いたくないし、困ってるとか嘘くせぇと思うのですが、もし困っていたらと思うと。
本当だとしても、彼女から離れられなかった私も悪いのですがあの人を助ける義理があるかと思います。しかし今仏教を勉強している私にとってこの考えは良いものではない、助けるべきでは、とも思うのです。
どう思われますか。また、お釈迦様ならどうおっしゃるでしょうか。
情けないですが、中学時代の口の上手さからまた上達していたらまた支配されるのではと恐怖もあります


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

拒絶されるべきだと思います。

彼女とあなたの関係。あえて闇といいますが、あなたがマインドコントロールされていて支配されていたというのなら、それはあなたにとって、マスター&スレイブ、あなたにとっては主人と奴隷の関係であったのだと思いますよ。少なくとも対等ではないですね。文面からはそう感じます。
仏教に、諦めるという言葉があります。あきらめる、と読みますが、どちからというと途中でやめてしまうとか、そのように考えがちですが、実際はその本質を見極める、明らかにすることが諦めることの意味です。
あなたは中学時代の友人との関係の本質を明かにしたのです。諦観ですね。
人の批判や非難は全て自分に帰ります。彼女にとってあなたは友人というよりも従者的存在であると達観したのだからあなたは彼女と付き合うことはありませんよ。
話していて気持ちが明るく楽しくなる友だちと付き合ったらいいんです。
彼女が幸せかどうかは彼女の問題であり、彼女が現世でクリアーすべき課題です。あなたの課題ではありませんよ。
溺れている人を助けるのは、仏さまか、よほどの技量がある人間じゃないと無理です。あなたでは無理です。そんなことを仏さまは望んでいません。だからここに来たんではないですか?彼女の闇は彼女が照らすか、ほとけさまの身光をいただくしかありません。
あなたはあなたの人生をいかに幸せに生きるかのみを考えてください。
どうぞお幸せに!

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有り難し
おきもち

浄光寺の三浦康昭です。 くよくよと考えてもしかたがありません。明るく前向...
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質問者からのお礼

三浦康昭 様
お世話になっております。
まさに人間関係的、主従関係にありました。
対等とは程遠かったです。「支配される方も情けない」と言われるのでは、と心配していましたが、確かに最も奴隷的に支配されていたのは私ですが、思い返せば私以外にも二人、彼女の機嫌をとり、言うことになんでもうんうん頷き、何かの話をするときも意見を出さずまず彼女からの意見をまち、「そうだよね!」と意を沿わせてた人がいました。私がおかしかったのではなく、彼女がそういう性質で気の弱い私が獲物になった、という感じかもしれません。また一つ「あきらめる」ことができました。
明るく楽しくなる、そしてあわよくば自己の成長を進められる学び多き友人、仏陀の言うところの明友とよく付き合って行けるようがんばります。
ご回答ありがとうございました!

(ちなみに、その人のお誘いは何度も来ますが拒絶していくようにします。)

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