希死念慮との付き合い方を教えてください
お坊さん方こんばんわ。
最近希死念慮に襲われています。普通に暮らしているのに急に死にたくなったり、急に不安になったりします。でも何が不安なのか自分でも分かりません…自分でも頭の中で何を考えてるか分からない…
家族や職場では明るく振る舞ったらしてるけど、今家族、職場の人と喋ってるのは本当の自分ではなく偽りの自分のような気がします。
家族にはそんな事を言ったらまた、迷惑をかけてしまいます(過去の悩み等で両親に多大な迷惑をかけています。私の過去の相談を是非みてほしいです)
以前ここで相談したお坊さんから「生者必滅」と言われました。確かにその通り。分かってます。
しかし、ふとした瞬間希死念慮が襲ってきます…
なにかアドバイスをください…
ちなみに今は希死念慮に襲われた時は、長生きしようとせず、少し先に楽しみ、目標を
達成してから死のうと思うようにしてます。
◯◯をするまで生きてみようかな〜と言う感じで…
死ぬまでやる事リスト
・もう一回1人旅行をする
・スカイダイビングをする
・親孝行をする
・ワンポインの刺青をいれる(親に死ぬほど怒られそうですがこれが今1番やりたい事)
・永平寺に行く
・5万円以上の募金をする
・遺書を書く
・遺影は決めておく
これが私の死ぬまでにやりたい事です。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
雲は月を壊せない。
静かな落ち着いた気分の心を月だとします。
その月は時々、希死念慮という雲に隠されて真っ暗闇になります。
しかし、安心してください。
雲は必ず過ぎ去り、月は再び顔を出します。雲は月を隠せても、月を壊せないのです。
今後、希死念慮が襲ってきたら、「この雲は必ず通り過ぎる。静かな月は壊れていない。」と念じましょう。
話は変わりますが、私は昨日の朝方、眠りが浅かったときに軽い金縛りのような感覚に遭いました。
金縛りというか、横向きに寝ていると背中全体を何者かに圧迫されるようなゾワゾワとした感じでした。
半分夢の中の私は一瞬ビビりましたが、なぜかとっさに阿弥陀仏根本陀羅尼というお経を念じていました。
そのお経の最初の何文字目かのときには、すでに金縛り(?)は過ぎ去っていました。
なかなかスリリングな時間でしたが、金縛りも「雲」であり、必ず過ぎ去るものだと、数秒後に思いました。
金縛りや希死念慮を起こすように、脳ミソや肉体はけっこういたずら好きなんですが、脳ミソのいたずらも必ず通り過ぎます。
質問者からのお礼
願誉浄史さん丁寧な回答ありがとうございます。