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人間関係につきまして

回答数回答 1
有り難し有り難し 3

よろしくお願いします。
私は普段から人との交流に悩んでおります。
具体的には人にすぐに嫌われることがあり他人との交流関しては必要最低限のやりとりしかしません。メッセージのやりとりも気を使う場面もあります。
このままではマズイと思いコミュニケーションの勉強も一時的していた時期もあります。
自分は嫌われる体質なのかと悩んでいた時期もあり常にマイナスなことを考えることがあります。

このような運命ならかえたいと思いご相談した所存ではあります。私は生まれつき障がいを抱えており他人との距離感を近づきすぎることがあるがあると思います。
このようなことが人生で続くと思うと非常に辛いとは思います。
なにかご教授いただけたら幸いです。

2023年5月25日 23:01

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

誰しも悩みの種

ご相談ありがとうございます。
対策として具体的に何をすべきかは、現場の様子を見るなり聴くなりしなければわかりませんが、客観的判断材料として「他者との会話のやり取りをこっそり録音してみて後でそれを聴く」ことで、自分の言動を第三者目線で感じてみる。そうしたら何か解決のきっかけを掴めるかもしれません。
しかし気性や価値観の合わない者同士は、どうしたって合わない関係ですから、苦しくなるくらいならあまり拘らない方が良いでしょう。
他方、以下のような事も、もしかしたら今後の参考になり得るかもしれないと思い、紹介させていただきます。合掌。
https://heisei-ikai.or.jp/column/personal-space/

2023年5月26日 12:42
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有り難し
おきもち

現代は実に「背負い込んでる」人が多いと思う。 別に自分が背負い込まなくて...
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質問者からのお礼

お礼が遅くなり大変申し訳ないです。
ゆっくりと考えた結果人に対する距離の図り方がわからないと思っておりました。
これからも精進してまいりたいと思います。

「コミュニケーションの悩み」問答一覧

双極性障害だったのか?治療すべきか?

双極性障害だったのか?また病院に行くべきですか? 大学の頃に心療内科でバルブロ酸ナトリウム、エビリファイ等を処方されました。しかし双極性障害とははっきり言われませんでした。 薬を飲んでいる間は効いていると思いませんでしたが、やめたら不安定になった感じがしてまた通い出しました。しかし、一生血中濃度を上げる薬を飲み続け、検査しなきゃならないと考えると辛くなり、(主治医と方針が合わないこともあり)通うのをやめました。 今は気持ちがしんどくなった時にアルプラゾラムだけ服用するようにして3ヶ月ほど経ちます。上記の薬を飲んでいた頃より気持ちが楽なのですが、何だったのでしょうか。 大学の頃は教育系の学部で、毎日ピアノの練習や実技の発表があり気持ちが張り詰めていました。そこから来るストレスでそうなっていたのでしょうか。では、また大きなストレスがのしかかったら双極性障害のようになるのでしょうか。それとも元から双極性障害なのでしょうか。 中学の頃から気分の浮き沈みが激しく、リストカットや過食嘔吐してきました。PMSだと思って婦人科で低用量ピルを頂いてましたが、効いたのは初めの方だけで、高校になったら心療内科にかかりました。向精神薬を飲ませたくないと父から言われていたので、漢方を飲みました。それも効きませんでした。 大学の頃に20万借金しました。死ねませんでしたが私なりに勇気を出して自殺未遂もしました。未だに時々不安定になり、保育士・幼稚園教諭資格を取得しましたが家でニートしています。自分がなんなのか分かりません。薬を飲みたい訳でもないですが、また病院に行くべきなのでしょうか?

有り難し有り難し 7
回答数回答 2

アイデンティティに正解がほしい

最初の質問から、心を休めたりできるよう家の掃除をしてみたりしておりました。
ですが最近、人に笑われた体験から、更に家から出ずらいです。 焦りがいけないのでしょうか。
でも、コミュニケーション能力や仕事をみんなで進めることどう動いていいか分からず、高校の時に1度身につけたコミュニケーションスキルも忘れてしまった。 その場でやり過ごす癖、応用出来ない思考は成長させなければと思います。それが課題とも心理士さんに言われました。 
今すぐに立ち直らないと恐ろしい未来が待っているようで自暴自棄になってしまいます。 それから、 母も体調が優れずしんどそうです。
私には言わないけど、私が仕事出来ないから未だ健康にならないからって分かってます。だから家族との信頼関係も分からなくなりました。常に疑心暗鬼でしんどいです。どうか家族が前を向けるよう、私が前を向けるようご助言を頂きたいです。 
2月にパソコン検定に合格してからどんどん思考力が低下しているようなのですが、なにか関係はあるでしょうか。目標がないと頑張れないタイプではあります。 周りの陰キャや陽キャっていう分類や、個性を大事にって流れが恐く感じます。
まだ19なのに、若い人についていけない私が気持ち悪いです。私は陰キャだと認めて、陰キャに合わせていく方がいいのでしょうか。
心理ではアイデンティティが形成されてないかもと言われており、混乱を極めています。 母は私を産んだあたりに統合失調症を発症しており、私が生まれて来なければ、、家族はこんなに困ることはなかった。とおもいます。
こんな慌てる姿は、同世代からみたら、キモイ限界すぎとか笑われます。
つらい。きっかけとなった小学校のいじめのことを恨みたくなります。ずっと自分が幸せになることが1番の復讐だと聞いたことがあり、なんとかそう思おうとしてきました。 人間関係など、頭を良くするには、地頭良くするにはどうすればいいでしょうか。 それからいま、父に提案されているボランティアには参加してみた方がいいでしょうか?
父と一緒に行くと少しは勇気でますが、一緒に行くことがとてつもなく幼稚で恥ずかしくて、さらに消えたくなります。でも、ひとりじゃ何も出来ない状態になってしまいました。
乱文申し訳ありません。
元気に働きたい。 これも結局は自分が生み出した苦しみなのでしょうか。辛いです。

有り難し有り難し 6
回答数回答 2

伝えるのが真心か、伝えないのが賢さか

怪我をしてしまい、治療院へ約2ヶ月ほど前からお世話になりました。 その院は門前の仲見世通りにあり、初夏に新しくできたばかりでした。 怪我した当初は、適切な処置で仕事を休むことなく大変良かったのですが… 一向に治療が終わる気配もなく、次、また次の予約で、施術や接遇マナーについても少々気になる点はありました。 例えば、相手に接している間に業務連絡や他の患者さんの所へ行くなど、その場を離れる時は必ず手を離す前にひと声かける、一連の動作の中で、なでる、トントンとたたくなど、患者の心身の緊張を緩めるための手の置き方があるのですが、元々痛めた部分を拳で普通に叩いて響いたり、単純に重くのしかかるだけの雑に感じられる置き方、などの違和感です。 治療学を学びに学会へ参加したり、手技を生業としていた自分の中で経験者として備わった常識との隔たりに、日に日に不信が膨らみました。 ある日、施術中に「今度、ハロウィンの仮装をするんです」と他の患者さんへ話す声が耳に入りました。 怪我直後は応急処置に助けられた反面、ずっと長々通ううちに質が薄れていき、施術や接遇マナーに疑問が生じていた矢先でしたので ハロウィンの仮装をした治療家に、お預けするのは気が進まず、理由は伏せて「卒業」を告げてきました。 大変残念そうな感じでしたが、寺院や大きな神社のある門前町の仲見世に院を構え「地域の人々に貢献する」という建前と、施術の質が伴わないこと、治療行為と仮装(仕事と遊びをごちゃまぜにする)が受け入れ難かったこと 真心が手から伝わらなかったこと それらを伝えずに去ったこと、それで良かったのか、時々心に浮かびます。 年代は20代前半の方ばかりで、患者さんを集める能力や、予約に繋げるノウハウがあることはわかります。 ただ、肝心の施術の質が…(あくまで私の感覚ですが) 繁忙してくると何か大切なものを忘れてしまう…、応答もマニュアルがあることが察せられますし、一生懸命なのはわかりますが 驕れる者は久しからずに思えてなりません。 (クリスマスケーキを売るために、商売人がサンタの格好をするのはわかるのです) プロフィールにも書いた通り、志もあるので、今回のことは学びに繋げたいと思います。 下手にクレーマーになるよりは、それで賢明な選択だった、大人になった、そうけじめをつけたいです。

有り難し有り難し 9
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師弟関係でいつも同じような壁にぶち当たる

お世話になっております。 自分自身と習い事の先生との関係が昔から同じパターンを繰り返しており、少し苦しくなってきたので相談させていただきます。 私は4月から大学で教えるようになり、自分の未熟さ、ダメさを思い知らされると同時に、先生といえども完璧な人などいないし、皆、弱さを隠して生きてるんだな、だから誰に対しても完璧を求めるのはやめよう、と思えるようになりました。 私自身は、これまでピアノの個人レッスンで、芸術的には尊敬できるけどすごく癖の強い、モラハラとも言える先生に師事したことがあり、そのモラハラが嫌になってやめてしまったことがあります。ピアノそのものの技術的なことをほとんど教えてもらえず、人生教訓的な話や、愚痴や、私に対する否定発言が増え、辛くなってしまったからです。 そして今は、ピアノではないのですが、あるスクールに生徒として通ってます。その先生が、普段はすごく優しくてピュアな心の人で、レッスンも楽しいのですが、時々、私の性格や生き方をバッサリと否定する発言をしてくるようになりました。といっても、根拠なく言ってるのではなく、私のレッスンでの取り組みや発言から、私の弱さを見抜いているようで、全く的外れではないのですが、お説教のような、やや脅しのような発言が増えています。モラハラとまではいきませんが、なんだか以前のピアノの先生との体験を思い出し、息苦しさや威圧感を感じます。この先生は、教えるべきことはちゃんと教えてくれているので、前のモラハラ先生とは違います。でも似ているところとして、どちらの先生も、実は自分に自信がなく小心者なところ、そして、私が何気なく言ったことや質問に過剰に反応してムッとするところ、私が反論すると気を悪くしてその場からいなくなること、など。つまり、ちっちゃい奴らなんです。どちらも男性なのですが。 私はなぜいつも、ちっちゃい先生を引き当ててしまうのでしょうか。私は確かに質問が多いですが、先生というのは、質問されるのが嫌なのでしょうか。それでも、今の先生にはまだ教えてもらいたいことがたくさんあるので、今去ることは考えられません。完璧な人間などいないとわかってますが、こういう先生と、教わるべきことを教わりながら、どう関わっていけばいいか、ぜひアドバイスをお願いします。

有り難し有り難し 7
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ