実家から日常へ
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
今私は年末年始のお休みで実家に帰っております(夫とではなく、一人で)。
明日家に帰り、日常に戻るのですが、やはり寂しさや、親への愛・依存心、あるいはこのまま快適な生活を続けたいという甘えなどが混ざった複雑な気持ちが湧いてきます。
自立と成長のためにはこの気持ちを振り切り、また日常の中で頑張っていかねばならぬと思っているのですが、日常に戻るまでが辛いです。
皆さん多かれ少なかれ同じようなご経験があるかとは思いますが、どのように乗り越えているのでしょうか?
楽な方へ流れたくなる私へ喝の一言をいただけますと幸いです。
よろしくお願いします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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消滅変化する感情
はじめまして。お悩み拝見させていただきました。
私も時々、サボりたくなる気持ちが沸き起こることがありますので、よく分かります。
仏教の有名な教えで「諸行無常」があります。すべての物事は移り変わって一定ではないという意味ですが、心の状態も例外ではありません。
人間は毎日の生活の中で、一瞬一瞬次々と様々な感情が生まれては消えていきます。運動をすれば喉が乾き、お昼になればお腹が空き、夜になれば眠くなる。煩悩の一つです。しかしそれらは、水を飲めば喉は潤い、ご飯を食べれば満腹になり、寝ればスッキリします。
それだけ1日のうちに、多くの感情が生まれては消え、また生まれては消えていっているのです。
つまり、ちゃまけさんが抱えている寂しさや依存心、甘えなど、今その時にだけ生まれたもので、いずれ消えてしまいます。消えたと思ったら、また生まれてくるものなのです。
ですので、あまり一時の感情にこだわらずに過ごすのがよろしいかと思います。
お腹が空いているときは何でも食べられると思っていても、食べ過ぎた後は、好きな食物でも見るのが嫌になるように、常に私達の感情は消滅変化を繰り返してるのです。
幸いにも、ちゃまけさんは仕事も続けられて、向上心もお有りの方と見受けられます。
止まっているボールも押せば転がっていくように、動けば進みます。
甘えの生活から日常に戻るときは辛いですが、その一時の感情に振り回されず、取り敢えず動けば、そのような負の感情もいずれ消えてしまうでしょう。
再び、その負の感情が沸き起こったとしても、それにとらわれる必要はありません。どうせまた、消えてしまいます。
その一瞬一瞬の感情を観るのではなく、心を長い時間軸の中で俯瞰的に捉えれば、一時の自分の感情など取るに足らないものだと気付くはずです。
質問者からのお礼
ご回答、ありがとうございます。
「一瞬一瞬の感情を観るのではなく、心を長い時間軸の中で俯瞰的に捉えれば・・・」なるほどなあ、と思いました。
負の感情が起こった時に、しばしば今日はダメだなあなんて思ったりするのですが、その時々で心を捉えずに、もっと広い視野で認識していく必要があるのですね。
一時の感情に振り回されないよう、精進していこうと思います。ありがとうございました。