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誰かの「目」や「顔色」が気になります。

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有り難し有り難し 13

初めて投稿させていただきます。

私は世間の目や人の顔色を気にしすぎてストレスを抱えます。

例えば満員電車やバスの中など、「自分が変なことをしたら仕打ちが来る…」と被害妄想に陥ってしまうのです。
家に帰っても落ち着けず、「自分が役に立たないから不機嫌なんだ。」と両親の顔色を伺ってしまいます。
何とかしようとしても空振りだらけ。「私はどうせ生きてたって役に立たない!」と考えが歪んでしまいます。
昔いじめられたことなどが原因かもしれません。

どうしたら顔色を伺わずに、リラックスした状態で過ごすことができるのでしょうか?
他のご相談者様と重複するかもしれませんが、ご回答のほどよろしくお願いいたします。

2014年8月13日 20:57

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

脱・自己ネガティブ意識

こんにちは。プラス思考講座の講師のタンタンたんげです。
人の目が気になる、人の顔色が気になるという事の実態は、あなたが人の顔色をうかがって、その直後、あなたの心の中でマイナス・ネガティブ意識をたくましゅーしているということなだけなのです。
赤い色を観て血だ、おそろしい、白い色を観て、死に装束だ、おそろしい、黒い色を観て、霊柩車の色だおそろしい、と思うのは当の本人の責任です。
ここでお気づき頂きたいのは、ネガティブ意識の連鎖をあなたが発生させている、ということなのです。良く言えばそれは、防衛反応なので必ずしも悪いことばかりではありませんし、用心深いという面においては良いことなのですが、あなたの場合、それが過剰になって自分を不安にさせているのです。
よって、自分の内面が、普段悩みを起こすときに❝どういうことをやっているか❞を観察することをお勧めします。一番イイのは押し売りではありませんが、坐禅です。
サイタマならお近くでしょうから、毎週日曜日に遊びに来て頂ければ、すぐに良くなりますよ。(^

2014年8月14日 15:22
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

自己肯定感の滋養へ向けて

青うめ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

世間の目や人の顔色を気にしすぎてストレスを抱えてしまわれる、私はどうせ生きてたって役に立たないと考えられてしまわれるとのこと、やや自己嫌悪や自己否定、自己卑下の想いが少し強くあられるのではないかとお察し申し上げます。

「自己嫌悪」につきましては、これまでにも下記の各問いにて扱わせて頂いております。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_368048.html

『・・私たちは一人で生きている、また生きていける存在ではありません。必然的に他との関係、繋がりにより成り立っている存在であります。このことを仏教的には「縁起」的な存在と申します。・・』

縁起的な存在のあり方としては、上手に頼り、また上手に頼られるという適宜な関係性が一つのポイントになると存じております。

そこで、自己嫌悪や自己否定、自己卑下を解消するための「自己肯定」感の向上が一つの鍵になるのではないかと存じます。

もちろん、あまりに自己肯定が強くなりすぎて、それが「慢心」になってしまうと、それはそれで問題となるためバランスが大切となりますが、とにかく、何か一つでも他の人よりも得意なこと、うまくできること、あるいは資格などを身につけられて、それを研鑽されることで、色々な人から上手に頼られるようになさられることでの「自己肯定」感の滋養をお勧めさせて頂きたいと存じております。

また、独立・自立ということによっても、自信や自己肯定感の滋養へと繋がることもあるかとは存じます。一度、親元・実家を離れられて一人暮らしを始められることなども良いかもしれません。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

2014年9月13日 9:34
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。
正直、自分自身で足枷を作っている自覚はありました。どうすれば取れるのか分からなかったのです。
丹下さんのそのときどんなことをしているのか? この問いでやっと分かりました。

何も相手が嫌がるような悪いことや迷惑なことをしていなかったんです。

もしかしたら相手の望んでいる行動(例えば、家事手伝いや仕事をするなど。)をしないことに不安を感じていたのかもしれませんし、
自分で誰かの「目」を勝手に作っていたかもしれません。
ずっと私が〜、ワタシが〜と考えてきました。

自分が作った幻(=自分の思い・感情)がネガティブの原因で、それを選択したもの私だということ。
自分という軸からすこし離れて見るようにしてみます。
まずは簡単そうな紙に書いたり、ぼんやり考えてみます。

いつかお寺にも行ってみたいです。ありがとうございました!

ご回答ありがとうございます。
正直、自分自身で足枷を作っている自覚はありました。どうすれば取れるのか分からなかったのです。
丹下さんのそのときどんなことをしているのか? この問いでやっと分かりました。

何も相手が嫌がるような悪いことや迷惑なことをしていなかったんです。

もしかしたら相手の望んでいる行動(例えば、家事手伝いや仕事をするなど。)をしないことに不安を感じていたのかもしれませんし、
自分で誰かの「目」を勝手に作っていたかもしれません。
ずっと私が〜、ワタシが〜と考えてきました。

自分の作った幻(=自分の思い・感情)がネガティブの原因で、それを選択したもの私だということ。
自分という軸からすこし離れて見るようにしてみます。
まずは簡単に紙に書いたり、ぼんやり考えてみます。

いつかお寺にも行ってみたいです。ありがとうございました!

お礼の回答が重複してしまいました。申し訳ありません!

川口様、ご回答ありがとうございます。
現在、電車などでパニックや被害妄想は治まりつつあります。
ですが先日倒れてしまったため、今だに恐怖を感じております。少しづつ直していきたいです。
ご回答の中で誰かを頼り、頼られる関係を築くことに深く納得しました。
自分の得意分野で誰かの役に立つ。自己肯定感を得るにはこれが一番だと思います。
自分は何が好きか、何が得意かを見つめ直したいと思います。
ありがとうございました。

「他人の目・評価・顔色を気にする」問答一覧

他人の目や、他人の言葉が気になる

昨年の冬から仕事をし始めたのですが、そのころから他人の目や言葉が気になり始めました。 それまでは体調が悪かったこともあり、出かけるのは買い物に行くくらいだったので、外出先で人目を気にすることはあまりありませんでした。 しかし、仕事を始めたころのある朝、大勢の人たちが行きかう中を出勤していたら、知らない人からすれ違いざまに自分に対して外見についての悪口を言われたように思い、その日一日中暗い気持ちでした。 その後、出勤時ではない、普通の買い物の時にもそのようなことを言われたことが何度かありました。 家族にその話をすると、「実際に外見のことを言っているんじゃなくて、偶然そう聞こえただけじゃないか」とか、「他人と目を合わすのが嫌な人が目が会ったから変なことをいっただけかもしれない」と言われました。 そうかもしれないのですが、実際に自分には、自分の外見に対する言葉に聞こえて落ち込みます。 そのほかにも、よその子どもたちが私を見て逃げていったように思えたことも何度かありました。 外出する際には、自分のできる範囲でおかしくない外見に整えているつもりですが、だんだん何か言われるのが怖くなく、下を向いて歩くことが多くなってしまいました。 他人の目や、他人から何か言われる言葉が怖くて、外ではびくびくしています。 このまま下を向いて歩いていた方がいいでしょうか。 それとも、何か言われても気にしない心を養うべきでしょうか。 何かご助言いただけましたら幸いです。 どうぞよろしくお願い申し上げます。

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人の目が気になって仕方ありません

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可愛い子と比べられる

こんにちは。6月の折、皆様どのようにお過ごしでしょうか。今回も、愚痴のようなご相談になってしまいますが、何卒最後までお読み頂けると幸いです。 4月から一年間の研修が始まりました。研修はグループで回り、女性は私を含め2人です。もう一人は、アイドルにスカウトされたこともある容姿がかわいい子です。性格も素直で女の子らしくおっとりして、愛嬌があります。彼女は、顔も不細工で要領も悪い私にも優しく、その子自身のことは嫌いになれません。 しかし、4月から、周囲からの扱いの差が見える度、心を少しずつ削られているように感じるのです。 グループの他の男性たちは、グループをさらに分けるとき彼女となることを「当たり」、私となることを「はずれ」と言っていました。彼らは私に聞かれていると思っていなかったのでしょうが、悲しい気持ちになりました。 男性上司の対応は特に露骨です。体調不良を理由に彼女がお休みした時には「大丈夫?」「心配いらないからね」と言っていたはずなのに、私が熱で早退しようとした時には「体調管理もできないなんて社会人としてありえない」と怒られ、結局残業までしてからの帰宅でした。 上司から何か聞かれた時には、彼女が間違えたり答えられなかったりしても「可愛いから許しちゃう」と言われるのに対し、私は「こんなことも知らないのか」と呆れられたりします。彼だけならば我慢もできるのですが、どこに行ってもそうで、気が滅入ってしまいます。 最初の頃は「問題は自分にあるのだから、努力しなければ」と躍起になっていました。 しかし先日、皆が羨むような研修の選考があり、試験の点数は私が高かったにも関わらず彼女が選ばれ、流石に落ち込んでしまいました。面接でやる気を認められたとのことだったのですが、前々から関係者にコンタクトを取り行きたいという意思を伝えていたそうで、学力での選考の前に既に決まっていたようなものだった、と聞きました。期待してくれていた親もがっかりさせてしまい、努力しても意味ないじゃないか、と最近では何も手につきません。 不細工の僻みであることは重々承知の上です。ようやく叶った夢の職種で、今から転職したり、不貞腐れて輪を乱すようなことも、したくないと思っています。 ただ、生まれ持った容姿や性格を背負っていかなければならない人生に対する、この虚しさをどうしたらいいか、是非ご教示下さい。

有り難し有り難し 23
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書いた小説への批難、拒絶。

以前からとても悩んでいる事があります。 私は小説を書いています。 小説の内容は様々ですが、メインは二次創作の夢小説というジャンルです。 夢小説というのは、アニメや漫画の版権キャラクターと、自分が考えたオリジナルのキャラクターの交流を書く二次創作で、好き嫌いがとても別れる分野になります。 好き嫌いが別れるのだから、否定されたり拒まれてしまうのは仕方がない。 いつもそう思って書いていますが、否定されてしまう事が本当に多いので、苦しくなる時があります。 否定する方々からすれば忌むべき作品であったとしても、書いている私は愛情を込めて書いております。 自分が考えたオリジナルキャラクター、自分が考えた物語、それを形にする為に、時には寝る間を惜しんで書いてきました。 そうして書き上げた作品が、その方々の好き嫌いで判断され、ひどいときは叩かれてしまう。 この世界は女性が多く、気難しい方もたくさんいます。 作品への解釈等が少しでも違うと叩かれてしまったり、無視されてしまいます。 表向きは好きに書いて良いと皆さん言っておりますが、本当はそうじゃありません。そういう空気なのです。本当に苦しいです。 苦しいという事すら告白できないのが苦しいです。「好きで書いてるのだろ」と叩かれてしまうからです。 この世界では、支持を得られなければ発言する事も許されません。そういう空気なのです。 そういった中で書いていくのは本当に苦痛で、本当に苦しくて「これを投稿しても大丈夫かな?」と怯えるようになりました。 せっかく書いた作品をそのように扱わなくてはいけない、それが本当に嫌で、この世界から離れた場所から夢小説を書くようになりました。 それでも否定されてしまう事があります。離れた場所に移動しましたので、交流は減りました。孤独感に苛まれる事があります。 もちろん、私の作品を読んで下さる方や応援して下さる方、そして友人も数える程度ですがいます。それを励みに今も書いています。 ただ、好き嫌いが別れてしまう夢小説だから、そういう理由で様々な事を我慢しなくてはいけないのが本当に苦しいです。 読みづらい文章になっていたら申し訳ありません。 こうした内容をこちらで相談するべきではなのかもしれませんが、この気持ちをどうしていけば良いか困っております。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

勝っても負けても辛いです。

私はモノづくりが好きです。以前、一生懸命作って自分でも納得のいく作品ができたのでコンテストに出したことがありました。 ありがたいことにたくさんの方に見ていただき、たくさん感想を頂けたのですが、嬉しい言葉に混じって聞こえてきた悲しい言葉にとても動揺してしまいました。 それは以下のようなものです。 『あんなものを見せられたら自分が作ったものが恥ずかしくなる』 『努力する事が虚しくなった』 いずれも、私より知識やキャリアのある方からの言葉で、それ以来何をするにしても『自分が何かしらの成果や結果を出すことで、誰かの拠り所を奪っているのではないか』という考えが頭から離れなくなり、素直に作品を披露したり、作品について話すことが出来なくなりました。 また一方で、私自身うまくいかない時に仲間が先にスキルアップしたり、いい評価をもらっているのを見ると『自分が努力しても一生追いつけないかもしれない。』『私が頑張れる場所はもう用意されていないのかもしれない』と思い詰める事もあります。 どちらの立場も葛藤も身をもって感じているがゆえに、作ること、感じること、考えること全てが辛く窮屈です。 気持ちよくモノづくりできるようになるためにアドバイスいただければ幸いです。 どうぞよろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

どうしても人目を気にしてしまいます

人目を気にするクセが治りません。自分を認めることが出来ず、長所を信じることも出来ません。他人からは繊細で傷つきやすいとよく言われます。小学生くらいまではそれほど自分自身の性格について深く悩むことはなかったのですが、中学生のころから自分を卑下し、認められなくなりました。そのままの自分を大切に出来なく、成績などで自分の価値を測るようになってしまいました。加えて完璧主義な私はテストも100点でないと満足できず、大人になっても少しの欠点も許せなくなりました。こう言ってはいけないかと思うのですが、家族とケンカするたびにお前はダメだと言われ、そうなんだ。ぼくはダメ人間なんだと思うことが増え、してはならないと思いつつ10回近くの自殺未遂を犯しました。本を読み、仏前でお経をあげ、料理や洗濯、風呂掃除などやれることはやっているのですが、トラブルのたびにお前はダメだと言われるので自信を失ってしまいます。人目を気にすることを前向きに捉える方法はないでしょうか?また、自分に自信をつけ、楽な気持ちで過ごせる方法はないでしょうか?16年間ネガティブな人生を生き続けた私がポジティブな生き方をするために何をしたら良いのでしょうか?教えてください。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

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