推し活で嫉妬します(再度、投稿)
改めて回答を頂きたく、再投稿します。
2023年に海外アーティストのライブに行きたかったのですが、チケットが取れず行けませんでした。
グループで活動するアーティストが、最初で最後のソロライブを開催し、日本にも来てくれたり、海外でライブを開催しましたが、ライブに行く希望は叶いませんでした。
そのグループは活動休止中で、来年活動再開予定ですが、チケットが人気すぎて、いつ会えるのか保証は全くありません。5年、10年は待つ覚悟はしないといけないくらいです。
チケットが取れず、もがき苦しんで自分の不運を憎み、行けなかった悔しさに心が荒み、当選した人を妬み、今でも思い出すだけで辛くて涙が出てきます。
人気のアーティストで、チケットが取れなかった人もいますが、自分の周りの9割は、アメリカや東南アジア、日本でのライブチケットに当選して現地に行き、ライブを楽しんだ話を今もしています。
私だって行きたかったのに、落選した人の悲しみや苦しみを分かってほしい。落選した人は当選した人より数倍も傷ついて、今でも苦しんでいるんだぞと、気持ちをぶつけたいです。
もちろん自分が当選したら、落選した人の辛さも分かりますが、当選した人が落選した人の分まで楽しむなんてことはあり得ないです。
ライブ中に、落選した人の分まで私は楽しんでいるんだわ!と思うことなんてないのが、その証拠です。
今でもこんな気持ちが蘇ります。もう2度と開催されないライブに行けなかった苦しみを、SNSに時々呟いていますが、今まで仲が良かった人(今回のライブに当選した人たち)は、これまでどおり接することもしなくなりました。
ライブに行けた人は勝ち組で、推しに声援やメッセージをうちわ等で直接送ることが出来て、熱気も味あえて、羨ましいです。
ライブの当落に勝ち負けはないと言っても、行けなかった人は結局、推しに会えない、メッセージも声援も送れない点から、落選したが負け組なのは事実です。
落選した人の声なんか、アーティストには一切届くことなんかありませんから。
グループ活動再開まで、当選した喜びに浸っている人と、会いたくても会えなくて落選した苦しみにもがき苦しむ私とでは、私の方が何倍も苦しんで傷ついています。
1年経って、少しは傷は癒えてきましたが、ちょっとした時にぶり返しています。
私はどうするべきでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
限られた寿命
落選したら残念な気持ちになるのは当然です。
ただ、それを何か月も引きずるのはやりすぎです。
人間は100年程度で死ぬのです。
人生の貴重な時間を、考えても仕方ないことを考えて嫌な気分になる妄想雑念に費やして、あなたにとって何かメリットはあるのでしょうか?
残りの寿命を計算してみましょう。
幼児が、注射の痛みで数秒間泣くぐらいは良いですが、もう痛みは無いのに数時間泣いていたらどうでしょうか?
あなたはその状態です。
誰もが老いて病んで死にゆくのですから、嫌な気分になる時間はもったいないので、何度も同じことをグルグル考えてしまうような妄想雑念は、素早くストップしましょう。
追記
妄想雑念や感情気分は瞬間ごとに浮かんで消えていきます。
たとえば、瞑想や念仏をしたり、好きな歌を口ずさむだけでも、妄想雑念が霧散して意識は瞑想や念仏や歌に帰するのです。
歌っていないときにはまた妄想雑念が湧くかもしれませんが、とりあえずそれでも良いのです。
妄想雑念をストップしたいときに自在に押せる停止スイッチが手中にあるという安心感や自信を持てれば、それはつまり、人生におけるストレスを自在に一時停止できる能力を意味します。
妄想雑念、停止スイッチ、妄想雑念、停止スイッチの繰り返しで人生は必ず乗り切れます。
質問者からのお礼
回答ありがとうございます。
前も同じ質問をして納得できる答えが得られなくて、再度投稿しました。こういう考えもあるんだ、と読みながら思いました。
絶対に手に入れたかったのに、手に入らなくて、手に入ったらどんなに人生が楽しかっただろうと今でも思います。
ではおっしゃる通り、妄想というものを、どうしたら私は乗り切れるのでしょうか。乗り越えられたと思っても、何かの拍子で傷がぶり返してしまいます。いつこの傷が癒えるのか、どうしたらいいのか、自分で探すしかないのでしょうね。
追記でコメントいただき、ありがとうございます。妄想雑念と停止スイッチの関係を教えていただき、大変ありがたく思います。
ライブに行けた人は幸運と幸せな気持ちに浸っているのに、ライブに行けなかった自分はどうしてこんなに苦しまないといけないのか、なんで自分には幸運が巡って来なかったのか、とライブに行けなかったことを思い出してはイライラしていました。(今でも思わなくはないですが)
でもライブに行けなかったからこそ、自分のストレスや負の感情を消化する方法に辿り着けたことは、自分にとって最大の幸運だと今では感じます。
いつ推しに会えるかは分かりませんが、次は私がライブに行ける番だと、自分の幸運を信じて、行けなかったライブの気持ちを消化しながら、気長に待ちたいと思います。
これからの人生に必要な生き方に導いてくださり、改めてお礼申し上げます。