ご遺体にかける言葉回答受付中
先日、友達がガンで亡くなりました。通夜の前日に会うことができましたが、「よく頑張ったね。」としか言えませんでした。
私も同時期に、別のガンが見つかり治療中です。私はまだまだ生きたく、できる治療はやりたいと思っています。(あくまで標準治療で、身体と相談ですが。)
私も治療の辛さを経験しているので、「頑張ったね」と声かけをしましたが、友達がもっと生きたいと思っていたなら、その声かけは自分よがりだったのか?と考えてしまいます。どんな言葉をかけてあげればよかったか答えが出ないままです。
お坊さんからの回答 1件
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あなたの言葉はお友達に届いています
ご相談読ませていただきました。友達を亡くされた悲しみや、かけた言葉への思いに、あなたの優しさと深い思慮が感じられます。ご自身も治療中の大変な状況の中で、それでも友達を思いやって悩むお気持ち、その優しさに胸が熱くなります。
「よく頑張ったね」という言葉を振り返り、それが自分よがりだったのかもしれないと悩むお気持ちは、友達を思うその深い心から生まれるものだと思います。ただどうか安心してほしいのです。その言葉には、友達への敬意や感謝、そしてあなたの真心がきっと込められていたのではないでしょうか。何が正解だったのかを探してしまうのは自然なことですが、その場であなたが最も真摯に向き合って紡がれた言葉、それこそが大切です。そして、その気持ちはご友人にきっと伝わっていたはずです。
生と死の境目に立つ大切な人と向き合うとき、どんな言葉も不十分に感じるのは当然です。それほど命の重さ、人生の深さは言葉では表しきれません。ただ、「よく頑張ったね」と伝えられたあなたのその一言には、ご友人の生きた日々を認め、敬い、痛みや辛さに共感しながら「本当によく生き抜いたね」と心から受け止める思いが込められていたのだと思います。それは、決して間違った言葉ではありません。
今、ご友人の「もっと生きたい」という思いを想像し、ご自身の言葉を悩むその気持ちは、ご友人に向けての愛情そのものです。しかしどんな言葉であろうとも、大切なのはその時あなたが真剣に向き合い、心を込めて話していたという事実こそが大切なのです。ご友人にも、その真心はきっと届いていたと思います。
ご自身も病気と向き合いながら、こうして悲しみに立ち止まり、友達を思い続けていること自体が、あなたが大切に生きている証です。言葉に正解はありません。だからこそ、何が正しかっただろうと悩むこと自体が、あなたの誠実さと愛情の証です。そしてその思いは、ご友人とのつながりをさらに確かなものにし、これからのあなたの人生を支える希望となるはずです。
最後に、どうかご自身を責めないでください。ご友人への「よく頑張ったね」という言葉は、あなたの思いが詰まった尊い言葉です。そして、その言葉は間違いなく友人の心にも届いています。どうか安心して、自分自身の治療やこれからの人生を大切に進めてください。友人の存在が、これからのあなたを温かく支えていくものと信じています。
質問者からのお礼
宮本さま
コメントを拝読し、私も胸が熱くなりました。今日、1日が無事に過ごせたことに感謝し、精一杯生きていこうと思います。