自分の心持ちについて
凄く小さなことですが、ご質問させていただきたいです。
今日本屋に出かけたのですが、本屋の中の道を歩いていたら急にくっついたカップルがでてきて、ぶつかりそうになりすぐ2人を避けて歩いたのですが、カップルの女が私の方を見てクスクス笑っていました。あー馬鹿にされてるなって思いながらも、本を買って店を出ようと思った時に先程のカップルがまた前に出てきました。私はこのカップルの前に歩いたらまた笑われると思い、先に行かせて私は後ろを歩いていました。その時も女の方が私に気づいて笑おうとした瞬間に目の前で本屋の出口の段差に躓いていました。
私は思わず声に出さず心の中で笑ってしまったのと、因果応報だなざまぁみろと思ってしまったのですが、このように考えるのは悪いことなのでしょうか、、
時々自分に対して悪いことをした人が不幸にあった事を耳に挟んだり、見たりすると因果応報だろと考えてしまう性格の悪さがあります。また、自分に不利なことや悪いことをしてくる人がいたら心の底から呪ってやるという気持ちになるほど心が狭い自覚があります。こんなことを考えていると自分も悪いことが起こるのか、、と何故か心配になります。凄いしょうもないことですみません。もし瞬間的にイライラした時など、何か嫌がらせを受けたときに心を鎮める方法や考え方などあったら教えて頂きたいです。
お坊さんからの回答 3件
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自分が納得できる理由をつけて、気持ちを整理していきましょうね
心の中は、いろんな感情が生まれるものです。特に自分に向けられた嫌がらせや攻撃に対しては、腹立ちや憎しみも生まれるでしょう。
そもそも、人を見て笑うって、失礼だよね!
何なの、この女‼︎ って、私も思っちゃいますよ。
カップルか何か知らないけれど、2人だけの世界で周りが見えていないのでしょうね。調子に乗っているから、段差に躓くのです。自業自得ですね。そう思えば、あなたの気持ちもスッキリするでしょ。
そうやって、気持ちを切り替えていきましょうね。
これからも、嫌なことや理不尽な目に遭うかもしれませんが、ハスノハなどで気持ちを吐き出して、醜い心は捨てたらいいのです。一瞬湧き起こる感情は、誰にでもあります。自分が納得できる理由をつけて、気持ちを整理していきましょうね。
どうか心おおらかに生きて下さいね
拝読させて頂きました。
あなたがおっしゃるように自分のことをバカにした人が失敗したるするとざまあみろ、と思ってしまうことってありますよね。あなたがそう思ってしまうお気持ちもとてもわかるように感じます。お気持ち心よりお察しします。
そうですね、そんなことを思ってしまうと自分自身も心が狭いように思いますし、自分が如何に愚かだとも思ってしまいます。そうなるとやはりそんなことを思ってしまう自分自身が不幸なように感じます。
人間自分がそう思ってしまって自ら不幸になってしまいことはとても多いと思います。ですからそのように自分のことをバカにするような人間のことはほおっておいていいかと思います。考えるだけムダなように思いますからね。
それよりも少し視野を広げてみてもっと素晴らしい活動をしている方々や尊敬に値値する方々のことを少しずつでも見習って自分の志を高めていくことの方がとても有意義化と思います。
最近ウチの田舎では車で走りますと田畑が黄金色の稲穂が豊かに実っています。そのような姿を見ていると如何に自分の心が貧しいかと感じてしまいますし、逆に如何に自然豊かで自分達は自然の中で恵みを受けているかと感じます。
どうか些細なことにとらわれることなく心おおらかに豊かに生きて下さいね。
あなたがこれからの未来を些細なことにとらわれることなく、多くの恵みを受けながら心から豊かに健やかに成長なさっていきますように、多くのものごとや方々とのご縁に恵まれておおらかに幸せに満たされ生き抜いていかれます様に切に祈っております。そしてあなたを心より応援させ頂きます。至心合掌
因果応報を恐れず、心を鎮める歩み
人から馬鹿にされたり、傷つくような態度を取られると、怒りや「ざまあみろ」という気持ちが自然と湧いてしまうことは、人間としてごく普通の反応です。それを「性格が悪い」と責めるよりも、まずは「そういう感情が自分の中に起こった」と気づけることが大切です。
仏教では、怒りや嫉妬の心を「煩悩」と呼びます。煩悩は悪いものだから消さなければならない、というよりも、誰しもが持つ心の働きとして認め、観察し、扱っていくものです。怒りを抑え込もうとすると、かえって強くなってしまうこともあります。
因果応報について
「因果応報」という言葉を、“誰かが悪いことをしたから不幸が返る”と短絡的に考えると、心が苦しくなります。本来は「自分の行いが自分の心に影響する」という意味が大きいのです。人を呪うような気持ちにとらわれ続けると、自分の心が荒れてしまう。
これも因果応報の一つです。
心を鎮める実践
・深呼吸
怒りや不安が湧いた時には、まず深く息を吐いてみてください。
・相手を鏡と見る
相手の態度は、自分の心を映す鏡でもあります。「あの人の笑いに自分は揺れたのだな」と受け止めることで、相手に奪われていた心の主導権を取り戻せます。
・慈悲の瞑想
「どうかあの人も苦しみから解放されますように」と祈る習慣をつけると、不思議と心が軽くなります。最初は難しくても、少しずつ意識を向けるだけで心の癖が変わっていきます。
怒りや「ざまあみろ」という気持ちを完全になくす必要はありません。それを気づきに変え、自分の心を育てる機会にしていただければと思います。
合掌



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