人として
生まれた以上、必ず迎える死。
夫や父を亡くし、寂しさが身にしみる50代。
寂しさが隣にあるから本物の絆気付かされます。
ただ、寂しさのベールの中にいるような今、ちゃんと呼吸していたときのような景色がかすみます。
寂しさのベールを取り払って、またちゃんと生きていると感じ日々を送りたいと日々葛藤しています。
お坊様方も寂しさと葛藤するこてはあったでしょうか?
もしそんな日々はどう自分を鼓舞したでしょうか?
何かお話を聞ければ自分で答えをだせるかと思い、ご相談させていただきました。
宜しくお願いします。
夫を亡くしてから、自分と向き合う時間が増えました。 これからどう自分らしい時間を過ごすか模索しながら生きています。
人に合わせたり譲るクセがあり、そのため仕事ではなかなかリードするがわになれず、生きづらいです。
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
語るということで、愛おしい人と、今もちゃんと繋がり生きている
過去の質問も読ませてもらいました。一番近しい大切な人たちと、別れていかなければならない。いつかはと頭では考えられても、もう今 目の前に出会うことすら叶わなくなって、これからを私はひとりで生きていかなければならないと思うと、何をしていても「生きている実感」がわからなくなってしまいますね…。
「寂しさのベールの中」
そうですね…
日常はちゃんとあるのに、目の前に見えているのに、寂しさに包まれたままで。以前の私に戻ることもできなくなった。だってそこには、あの人がいてくれたから。今 時間は動いていても、あの頃の私に戻してくれる存在がいないのですものね。
生きるって、一緒に生きる人がいてこそ、景色は色づくのでしょうね。
一緒に感じて、分かち合えていたから、景色が輝いて見えたのでしょうね。
私も、もう会えない恋しい人がいます。既読にならないのに、今でもLINEにメッセージを送ってしまいます。会話をしているんですよ。一方通行だけれどね。届けたい想いってありますものね。
また私は、大阪で遺族会を運営しています。いろんな人の想いに耳を傾けながら、共に分かち合う時間を過ごします。いろんな気持ちがあっていいのだし、その気持ちを大切にしたいなと思っています。今を生きるために、みんな手探りで歩いていくのでしょうね。
あなたもお誘いしたいですけれど、遠方ですものね。ハスノハで、こうして時々の気持ちを話していきませんか。聞いてくれる人がいる。それって、愛おしい人と、今もちゃんと繋がり、生きているということなのですよ。
無常観
こんばんは。親しかった方を送ると、やはり寂しい想いになりますね。
私も父を送って3年、母の衰えなど目にするたびに、いつか来る別れを思ったりします。
以前のご質問で、「数年経ったら無になるのでは」と書かれていましたね。そうなることもあるかも知れませんが、きっと大切なのは「あなたとの縁において、無になるのか…どのように生き続けるのか」ということだと思います。
私にとって父は、いまだに「どう生きるか」を指ししまし続けている存在です。彼の生き様を思い出すことで、自らのこれからを決めたりしていますよ。
父は長寿でしたが、「それでも別れる時は来る」を教えてくれた存在でもあります。だから私は、父を送ってから、「私が伝えるべきと考えたことは、伝えなければ」という使命のようなものを感じるようになりました。私もまた、死にゆく存在だからです。
「本物の絆に気付かされ」というのもよく分かります。ただ私にとっては「自身も死にゆく」ということの方が、大きく私を動かしているように思います。
そして。
わたしは浄土宗の僧侶ですので、少しそこに寄せてお伝えしますね。私には「亡くなった後は、みな極楽へ行く。皆いくということは、いずれ再開するということだ」という確信があります。彼はのぞみ一号で行き、私は10号で行くようなものだと(これは、ひろさちや先生の言い方)。
向こうで再会したら…「お陰様で、私も大切なことを見失わずに生きられました」とお礼を言うつもりです。
人の一生というスケールは勿論よく分かるのですが、この、仏教の考える時間についてのスケールを、どうか待ってほしいと、私は思っています。
これからもご縁に恵まれますように
拝読させて頂きました。
あなたが今とてもさみしさを感じて毎日を生きておられることを読ませて頂きました。詳細なあなたやご縁ある方々のことはわからないですけれども、あなたのそのお気持ち心よりお察しします。
親や伴侶や親しい方々が亡くなりますと余計にそのさみしさがつのってくのも当然だと思います。そして自らも年を取り病になったりすると一層自らの死を意識せざる得ないですからね。生きることと死を見つめることになり余計にむなしさやさみしさが押し寄せてくることありますね。
そんな私達を仏様や神様やご先祖様そして先に往かれた方々はいつも優しくお見守りなさっていて下さいます。先に往かれた方々は仏様や神様が優しくお導きなさって下さり、ご先祖様が優しくお迎えなさって下さいます。そして一切の迷いや苦しみから救われて心から清らかに円満に何の憂いもなくご成仏なさいます。そして生きる私達をいつでもどこでもどんな状況の中で守り支えていて下さいます。
私達の命は有限です必ず死を迎えますが、死は一時的な通過点です。必ず仏様や神様がお導き下さり、ご先祖様や先に往かれた方々が優しくお迎えなさって下さいます。そして再会を果たすことができるのです。
仏様や神様やご先祖様や先に往かれた方々とのご縁は永遠ですからね。
あなたがこれからも多くの素晴らしいご縁に恵まれて仏様や神様やご先祖様や先に往かれた方々に優しく見守られて健やかに心豊かに与えられた命を生き抜いていかれます様に切に仏様や神様やご先祖様に祈っております。
そしてあなたが天寿全うなさる時必ず仏様や神様がお導き下さり、ご先祖様や先に往かれた方々が優しくお迎えなさって下さいます様に心から仏様や神様やご先祖様や先に往かれた方々に祈っています。至心合掌 南無阿弥陀仏なむあみだぶつ
きっとご両親様や夫さんと再会なさいますね。
質問者からのお礼
佐藤良文様
ご回答ありがとうございます。
のぞみに例えてみると、笑顔が自然とでますね。
これからの毎日は各駅停車でゆっくり楽しんで、いずれ乗るのぞみに備えてというところでしょうか。
丁寧に生きていきたいと思います。
Kousyo Kuuyo Azuma様
ご回答ありがとうございます。
これから良きご縁を大切にして、また自分の生き方を大切に生きていけば、きっと心から晴れた景色を見れるかと信じます。
中田 三恵様
ご回答ありがとうございます。
寂しさのベールに共感いただいて救われました。
不思議なもので、色づかない世界に、ところどころに色がみえたりする時があります。
夫はいませんが、前よりも身近に感じます。
またハスノハでお話をさせていただければ幸いです。
ありがとうございます。



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。
◆ 終末期ターミナルケア、看取り、希死念慮、自死、グリーフケア、トラウマ、PTSD、子育て、産前産後うつ、不妊、傾聴、手話、要約筆記者 としても、サポート
◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。
(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )