これからの人生について回答受付中
こんにちは。
初めて相談させていただきます。
4月から社会人4年目になりました。
小学校3年生から競技をしていて、現在も実業団でプレーしています。
移籍を経験し、仲良くなりたいと思う人がいません。それがなぜなのか分かりません。また、自分の素を出せてない気がします。チームワークは大事なので食事やお出かけなどは誘われたら行くようにしていますが、自分から誘う気にはなれません。今だに前のチームの友達とは仲良しで電話したり遊んだりしています。
そして、競技を引退しようか悩んでいます。
最近ベンチアウトが多い、伸び悩んでいるということもあり、もう辞めて練習やトレーニングのない普通の生活を送りたいと思うことが多いです。ミスしたくない、目の前の相手と勝負できないと感じます。
練習もトレーニングも憂鬱な気持ちで行くことが多くなりました。
周りが結婚、出産している子も多くキラキラして見えます。
辞めることは逃げなのでしょうか。
続けた方がいいのか区切りをつけた方がいいのか自分でも分かりません。
最後に決めるのは自分ということは分かっているのですが、助言やアドバイスをいただきたいです。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
辞めることは逃げではありませんよ。
人生の次のステージに進むことですからね。
ただ結婚出産している人もキラキラしているのでしょうが、練習と試合を頑張っているあなたの姿もキラキラしていると思いますよ。
他にやりたいことができたとか、怪我で満足できるプレーができないとか、選手契約をクビになったとか、妊娠して安静にしたいとか、なにか辞めるきっかけができるまでは続けてもいいのではないかと思いますよ。
伸び悩んでいるようですがスポーツではよくあることのようです。そこで諦めずに続けて練習していれば何かをきっかけに伸び始めることもあるようですよ。練習により技術が向上したのか、チームプレーが上手くなったのか、対戦相手への対策が分かり始めたのか、何が原因か分からないけど急に成績が伸び始めるってことあるようですからね。
そういえば、元女子プロサッカーの澤穂希さんが言ってたけど、アメリカに移籍した時に驚いたことは、選手が練習後にメイクしてデートや遊びに行ってたことらしい。当時の日本だったらありえない光景だったんだって。あなたもスポーツ選手だからといって恋愛や他のことを諦める必要は無いと思いますよ。
次への「変化」の兆しです。「逃げ」と責める必要はありません。
ご相談ありがとうございます。小学3年生から長きにわたり、一つの競技に情熱を注ぎ、厳しい実業団の世界で戦い続けてこられたこと、心より敬意を表します。
仏教には「諸行無常」という言葉があります。この世のすべてのものは常に移り変わり、変化していくという意味です。あなたの心や置かれた状況が変わっていくことも、ごく自然なことです。かつては競技に全力を注ぐことに意味があったかもしれませんが、今は「普通の生活を送りたい」という新しい心の声が生まれています。それを「逃げ」と責める必要はありません。それは人生の次のステージへ向かうための「変化」の兆しです。
また、新しいチームで素を出せないのも、「ご縁」の形が前とは違うだけのことです。無理に心を作ってまで合わせる必要はありません。今は、アスリートとしての自分への「執着」を手放す転機が来ているのかもしれません。
心が悲鳴を上げているなら、どうかご自身を休ませてあげてください。周りが輝いて見えるのは、あなたが新しい道への歩みを望んでいる証拠でもあります。これまでの努力は決して消えません。静かに心の中を整理し、「今、自分が本当に歩みたい道」をご自身のために選んであげてください。新たな門出を応援しております。
拝
縁起寺 釋聴法



お悩みの相談は全般的に対応します。(下記を参照して下さい)
相談時間は、月・火・木・金・土・日曜日は、8:00~17:00です。
日によっては、18:00~20:00の夜間の対応も可能です。
(水曜日以外での対応となります)
翌日以降で、他の法務等がなければ、できるだけ迅速に対応させていただきます。
元高等学校教員ですので、将来の進路や転職に関する相談などにも対応いたします。
現在も非常勤講師を行っているため、少々対応にお時間をいただく場合もありますが、できるだけ早く対応できるように調整いたします。
◆職場や学校での人間関係がうまくいかない
◆ストレスや不安で日々の生活に支障がある
◆無気力で、人生の目標を見出せない
◆卒業後の進路を決める事ができない
◆別れた交際相手の事を忘れる事ができない
◆家庭不和で毎日の生活が辛い
◆家族や大切な人を亡くして心の整理がつかない
◆何事も悪い方向に捉えてしまい、自己嫌悪に陥っている
◆ついつい他人に辛くあたってしまい、後悔を繰り返す
◆毎日充実した日々を送れるように、仏教の勉強がしたい
など、上記はこれまでの相談の例(ハスノハ以外を含む)です。