兄弟と別れている寂しさ
兄弟と別れて暮らしていることに寂しさを感じてしまいます。
うつ病で実家に暮らしているのですが、兄弟2人と別れていることがとても寂しいです。過去に紆余曲折あったこともあり、人一倍仲良くしたい思いがあるのは自覚しています。
25になる弟の方は大学から、20の妹の方は高校から離れています。自分は適応障害からのうつ病ということらしく、しばらく実家におり、お恥ずかしながら就職もできていません(勤労経験はあります)。
親にその事を話すと元気になれば自分らもその方向に向かえるよ、とか、大丈夫だとか諭され、年甲斐にもなく泣いてします。また不安になってそれを確認するように話し、を繰り返しています。親にも迷惑をかけてしまい申し訳ない気持ちです。ですがどうしても繰り返してしまいます。
形は違えど〜というお話にならざるを得ないのかもしれませんが、できるだけ一緒にいたいのが本音です。特に妹の方は学校もバイトもなく、本来戻ってくるべきなのでは…と思ってしまいます(両親もそのような話を過去にしていましたが、忘れているようです)。
紆余曲折と書きましたように、かなり努力して仲良くなり直した過去があります。それが無駄になってしまうようで悲しいのもあるのは事実です。ですが、本当に純粋な気持ちがほとんどです。
また、将来の不安についても同様にご助力下さりたいです。助けて下さい。よろしくお願い致します。
未来への不安、兄弟と離れている孤独
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
それぞれが生きる環境に手を伸ばし広げていく、独立の生き方。
生まれたときから一緒に生きてきた弟妹さんですから、離れればやっぱり寂しさもありますよね。
親からの言葉は、迷惑などではなく、愛ある言葉なのですから、何度でも確かめて言ってもらったらいいのですよ。あたたかい言葉。家族なんだなと、実感しますよね。
そして安心があるから、独立していくものなのでしょう。離れているのは、自分の生き方を広げていくため。生きる環境は、それぞれが手を伸ばしていくものです。弟さんも妹さんも、手を伸ばす先があり、そこでの暮らしも今の生きる環境となっておられる。広がっていったということであり、家族から離れてしまったわけではありません。それは、あなたも わかっておられますよね。ただ、寂しさも素直な気持ちなのですよね。
紆余曲折があったのですね…
みんな大人になり、考えも生き方も深まっていく。その流れは止められない。だからこそ、あなたも ゆっくりでも、自分の生きる環境を広げていきましょう。それぞれがその中にも、「家族」を感じていますよ。縁は、ずっと繋がっているものですからね。
心優しいあなたにこそ、できることがあります
ナンさん、よくぞご相談くださいました。兄弟と離れて暮らす寂しさ、うつ病での療養中のご不安、そして何より、人一倍仲良くしたいという純粋な願い。そのお一つひとつのお気持ちが、痛いほど伝わってまいりました。今日までよくぞ生きていてくださいました。有り難うございます。
まず、お伝えしたいのは、ナンさんが感じていらっしゃる寂しさや不安は、決して「年甲斐にもなく」などではないということです。大切な人と離れて暮らす寂しさ、将来への不安、そして親御さんに心配をかけていると感じる申し訳なさ。それらはすべて、人として自然な感情であり、ナンさんが今を真摯に生きていらっしゃる証です。
仏教には「愛別離苦」という言葉があります。「愛しい人と共にいることができない苦しみ」は、誰もが経験する根源的な痛みです。しかし、浄土真宗では、その苦しみや寂しさを抱えた私を、阿弥陀如来という仏さまが「その苦しみや寂しさにも大切な意味があるよ」と導いてくださいます。
そして、ナンさんが「紆余曲折」を重ねて兄弟と仲良くしようとされた経験は、決して無駄ではありません。今、形としては離れていても、弟さんや妹さんの心の奥底に「兄さんに大切にされた思い出」として根付いていると思います。その思い出は、弟さんや妹さん自身が身近な人と大切に関わろうとするきっかけを与えてくれるでしょう。
今日すぐにでも、ナンさんができることを一つ提案させてください。弟さんや妹さんに、週1回の定期的なメッセージを届けることです。「おはよう!」「元気ですか?」「今日もお疲れ様」などはいかがですか?相手の返信や反応を期待せず、ただナンさんの「大切に思っているよ」という気持ちを送るだけで充分です。その小さな積み重ねが、ナンさん自身の「私は独りではなかった」という気づきにもつながり、生きていこうとする力がふたたび立ち上がってくるでしょう。
hasunohaの僧侶一同も、ナンさんの応援団です。どうか、焦らず、今日一日を大切に重ねていってくださいね。
問題の本質
先程、私は家の前の溝掃除をしながら、オーディブルで「現代人のための瞑想法-役立つ初期仏教法話〈4〉」(アルボムッレ・スマナサーラ著)という本の朗読音声を聴いていました。
溝掃除自体は、暑い日差しの中で重い側溝の蓋を持ち上げる必要もあり、苦痛を伴う作業です。
しかし、著書の内容が心を落ち着かせてくれる内容だったこともあり、とても平安な、まるで森林浴をしているような気分で溝掃除を終えられました。
その一連の作業の中では、私はほとんど人間関係に関する妄想雑念を挿入させずに、静かな気分でおりました。
何が言いたいかというと、兄弟と離れていることを思い出している時間、つまり目の前にない物事について妄想雑念を膨らませている時間は、寂しさや悲しみや心配の時間になるということです。
反対に、妄想雑念から離れて、例えば呼吸、例えば座ったり立ったりする動作、例えば溝掃除の動作など、意識が目の前の現実の現象を静かに眺めているときは、平安で幸せな気分になれるのです。
問題の本質は、兄弟と離れていることではありません。
兄弟と離れていることについて頭の中であれこれ考えてしまうこと、つまり妄想雑念が、悩み苦しみやストレスを増大させるのではないでしょうか。
「うつ」の対策の一つとして、「明日できることは今日しない」「別のことを考える」等が有効だと聞いたことがあります。
これも、妄想雑念から心を解き放つことにつながります。
ご家族には様々な事情があるでしょうけれど、あなたにとって大切なことは、
過去や未来や自分や他人についてあれこれ考え過ぎないこと、また、同じ情報の中で思考の堂々巡りに陥らないことかもしれません。
もし良ければ、冒頭で紹介した本を含む、仏教に関する本を読んで(又は聴いて)みてください。
仏教には幸せに生きるコツが満載なので。
そして、「同じ情報の中で思考の堂々巡りに」ならないためには、新しい情報を得るために一歩動いてみることも役立つでしょう。
新しい情報を脳に入力すると、脳は新しいアイデアや新しい感情を出力してくれるので、脳のリフレッシュ(体操)にもなるかもしれません。
散歩して動く景色を見るだけでも良いと思います。



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。
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◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。
(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )