変わっていく場所、物事に心が痛みます
お世話になっています。私が自己の感情の中で最も恐ろしいのは怒りでも憎しみでもなく、ノスタルジー的な感情が最も恐ろしいです。この感情に一度捕らわれるとなかなか離れてくれなく、もう戻ってこない思い出の時などを考えると胸が張り裂けそうになります。良き思い出が物悲しいのは二度とその時に帰る事が出来ないからです。55年前生きていると思い出の場所やお店も変わったり無くなってしまったりして仕方ないとしても非常に心が痛み悲しくなります。確かお釈迦様は物事は絶えず変わり留まる事が無いと言っていたような気がします。それはよくわかるのですが、やはり思い出の場所やお店や自分の思い出等を考える時に、心が張り裂けそうになります。私は考えすぎなのでしょうか?回答おねがいいたします。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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これからも、大事なものを抱えたまま、私は私であり続ける。
そうですね。移り変わっていくと頭では理解をしていても、心は寂しさや悲しみを覚えますよね。
私も僧侶になって20年。生まれ育った場所に帰ると、景色が変わっていることに、何とも言えない悲しさがあります。あの店がもう無くなった、公園だった広場が綺麗に生まれ変わってマンションに…なんてことも。
あの店で初めてアクセサリーを買って背伸びした思い出、友達と夕暮れまで語り合ったベンチ、何もかも無くなって、学生時代や若い頃の記憶が夢だったかのように消えてしまって、もうあの頃の私じゃないんだなと、大事なものまで失ったように思えて。歳を重ねてきた成長が、虚しくなることもあります。
もう弱音も言えない大人になってしまったかのように、どこで気持ちを休めたらいいのかと、想いを飲み込んでしまうこともあります。
大人になるって、寂しいですよね。
あなたと近い感覚に、ホッと安心してしまいました。変わっていくということは、もちろん住みやすく発展してきた証拠。今はここで生きている私。大事なものは、ちゃんと心の中にあって、失ってはいない。過去があって、今が支えられているのでしょうね。
これからも、大事なものを抱えたまま、私は私であり続ける。そして、こうして語れる場所で懐かしむ。そんな仲間でありましょうね。
精一杯、懐かしんでください
ご相談いただきありがとうございます。
チャトラさんが感じておられるその苦しさは、
「あの頃確かに存在していた世界が、もう戻らない」
という切なさなのだと思います。
なくなった店。
変わった街並み。
もう会えない人。
歳を積み重ねるほど、
そういうものは増えていきますよね。
ですが私は、チャトラさんのその感覚は、
「考えすぎ」なのではなく、
「人生をちゃんと愛してきた人の痛み」
のように感じます。
生活環境がかわったとしても、心の中にいつも思い出せる良き思い出があり、それを大切にしてきたからこそ、その想い出や出来事が、どんどん過去になっていく、そしてその場所も無くなり、その想い出自体が消えてしまいそうな感覚…
とても怖いと思います。
チャトラさんが感じているものは、粗雑に扱ってはいけない、とても大切な感情だと思います。
もし、
何一つ変わらず、
失われず、
朽ちない世界なら、
人は、
今この瞬間を、起きた出来事を
ここまで大切には出来なかったのかもしれません。
花も、
季節も、
人との時間も、
「いつか終わる」
からこそ、
愛おしく感じる。大切に感じる。
仏教では、
この世は「無常」であると説きます。
ですがそれは、
「だから虚しい」という意味ではなく、
「だからこそ、今が尊い」ということでもあるのだと思います。
そして、
思い出の場所だけでなく、
やがては、
記憶そのものも少しずつ朽ちていきます。
だからこそ、
今まだ思い出せるうちに、
胸が締めつけられるほど懐かしめるうちに、
どうか、
精一杯懐かしんでください。
「あの時間が確かにあった」と、
心の中で何度でも抱きしめてあげてください。
それは執着というより、
「人生を愛した人だけが持てる、温かな痛み」なんだと思います。
そして最後は、「ああ、あの時間があってよかった」と、
静かに微笑める日がこられることを、願っております。
質問者からのお礼
古川さま、回答誠にありがとうございます。あたたかいお言葉をいただき救われる思いであります。こういうノスタルジー的な感覚は母親が亡くなってから強く思うようになり、ひとりさめざめと泣いたりしていまして、私の悩みの一つでありましたが、今回ご回答いただき心が軽くなりました。相談して本当に良かったです。ありがとうございました。またお見かけしましたら回答おねがいいたします。
中田さま、いつもあたたかいご回答ありがとうございます。厳しい修行をなされたお坊様でもそのようにお感じになられる事があるのですネ。私は若い頃年を重ねるのは何かを得る事の方が多いと考えていたのですが、いざ年齢を重ねると失う事や悲しみの方が多いような気がします。子供のころ、親に連れて行ってもらった遊園地や若い頃よく行った映画館も今はありません。前に住んでいた借家も今はありません。まるでつい先日のような、あるいは遠い昔のような感じがして、なんとも悲しいようなツラいような感じです。しかし今回ご相談して同じようなお気持ちをお持ちだとわかりまして、私が考え過ぎではない事がわかり心が少し軽くなりました。思い出は悲しいけれど心の財産だと思います。親も犬もネコもみんな亡くなりいなくなってさみしいですが、それらの思い出は私の財産であります。本当にありがとうございました。またお見かけしましたら回答おねがいいたします。



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