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執着と距離感について

回答数回答 2
有り難し有り難し 8

遠方に住んでいる友人についての相談です。
相手は男性です。

遠距離のため頻繁に会うことはできませんが、普段はゲームを通じて交流していました。実際に会ってから距離感が近くなり、約1年ほど毎日連絡を取り合う関係になりました。

しかし次第にやり取りがマンネリ化したのか、返信が半日〜数日後になることが増え、一緒に遊んだり電話する頻度も減りました。一時期は頻繁に通話をし、私を知ろうとしてくれているように感じていましたが、今は私への興味がなくなったように感じます。話しても流されたり、相手の話ばかりになることが多いです。

実際に会った際も、友人の予定のついでに会いに来たような印象でした。ただ、第三者から見れば恋人のように見える距離感はありました。
趣味の話ができる数少ない相手でもあり、関係がこじれる前の状態に戻れるなら戻りたい気持ちもありますが、実際に会った時のことを思い出すと迷いが生じます。
このように執着してるのは私だけで相手はただの気まぐれで何も思っていないのだろうとは分かっております。
少し距離を置くか、完全に縁を切るべきなのか、それとも期待を持たず、
ゲームの雑談など軽い関わりに留めることは許される距離感なのか、またどうしたら執着を手放せるのか自分では整理がつかず悩んでいます。相談できる人もおらず、一人で考え込んでしまい苦しいです。
読みにくい文章で申し訳ありません。ご助言をいただけましたら幸いです。

2026年1月14日 16:01
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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなた自身が心地よく過ごせる時間を大切になさってください。

お悩み拝読いたしました。誰にも相談できず、お一人で悩み苦しんでこられたこと、心中お察しいたします。

仏教では、苦しみは「こうあってほしい」という願いと「現実」とのギャップから生まれると説きます。かつての親密だった頃の関係に戻りたい、もっと私を見てほしいという願いが、現在の「執着」となってあなたの心を縛り付けているようです。

しかし、この世のすべての物事は移ろいゆく「諸行無常(しょぎょうむじょう)」です。彼との関係もまた、形を変える時期に来ているのかもしれません。執着を手放す第一歩は、過去の彼ではなく、「今の彼」と「今のあなた」の現実を静かに認めることです。

無理に白黒つけて縁を切る必要もありませんし、逆に期待を持って待ち続ける必要もありません。「返信が遅い」「自分への関心が薄い」という今の事実だけを受け入れ、ご自身の心が穏やかでいられる距離まで、静かに下がってみてはいかがでしょうか。

もしゲームだけの軽い関わりが辛く感じるなら、それは今、あなたの心が「離れたい」と叫んでいる証拠です。その時は、ご自身の心を守るために距離を置いてください。逆に、期待を手放し、ただの遊び相手として楽しめるのなら、それもまた一つの「ご縁」の形です。

どうか、彼の反応を待つ時間よりも、あなた自身が心地よく過ごせる時間を大切になさってください。あなたの心が平穏を取り戻せるよう、念じております。


縁起寺 釋聴法

2026年1月14日 17:21
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有り難し
おきもち

真宗木辺派 縁起寺 衆徒 (僧侶/教師) 高等学校教師歴38年,理系,専門は電気工学・情報工学, 現在は真宗木辺派僧侶
お悩みの相談は全般的に対応します。(下記を参照して下さい) 相談時間は、月・木・金・土・日曜日は、8:00~20:00です。 火曜日と水曜日は18:00~20:00での対応となります。 翌日以降で、他の法務等がなければ、できるだけ迅速に対応させていただきます。 元高等学校教員ですので、将来の進路や転職に関する相談などにも対応いたします。 現在も非常勤講師を行っているため、少々対応にお時間をいただく場合もありますが、できるだけ早く対応できるように調整いたします。 ◆職場や学校での人間関係がうまくいかない ◆ストレスや不安で日々の生活に支障がある ◆無気力で、人生の目標を見出せない ◆卒業後の進路を決める事ができない ◆別れた交際相手の事を忘れる事ができない ◆家庭不和で毎日の生活が辛い ◆家族や大切な人を亡くして心の整理がつかない ◆何事も悪い方向に捉えてしまい、自己嫌悪に陥っている ◆ついつい他人に辛くあたってしまい、後悔を繰り返す ◆毎日充実した日々を送れるように、仏教の勉強がしたい など、上記はこれまでの相談の例(ハスノハ以外を含む)です。

人ではなくて、居場所に執着してる

相談いただきありがとうございます。

まず現実を整理してみます。

その友人は、
最初は確かに楽しかった、興味もあった、距離も縮まった
でも今は、
連絡は後回し、会話は自分中心、会うのも「ついで」

これは、「嫌いになった」ってほどでもないですが、
「大事にする位置」からは確実に降ろされてる状態のように感じます。

男性の立場から申しますと、
男は興味が薄れた相手を切るほど冷酷でもない代わりに、
フェードアウトが異様に上手い生き物です。

ぽんさんの今後の選択肢として3つあります。

① 元の関係に戻る
現実的に難しい。
過去は戻らない。
お互いの関係の温度感が違う中で戻ろうとすると、
「どうして前みたいにしてくれないの?」って
自分を削るだけになってしまいます。

② 完全に縁を切る
これは今のぽんさんにはキツかもしれません。
友達が多くなく、
上京して一人暮らしで、
唯一の“心の窓”を閉めると、反動が大きすぎる。
切るなら、もっと心の体力がついてから。

③ 期待ゼロの「雑談相手」に格下げ
これが今の最適解のように思えます。

ただし、
返事が来なくても追わない
向こうのテンションに合わせない
会話は「暇つぶし」レベル
心の拠り所にはしない

ぽんさんが執着してるのは、
友人本人ではない気がします。
「やっと自分を見てくれた人」
「孤独じゃないと感じさせてくれた時間」
「私にも価値があると思えた感覚」

だから手放せない。
人じゃなくて、“居場所”に執着してる。

そこでお伝えしたいのが執着は「悪」じゃないということです。

執着=煩悩です。
でも、煩悩は生きてる証拠でもあります。

人や居場所を欲しがれるって、大事なことだと思います。
無理になくしたり、捨てなくてだいじょうぶです。

ただその友人は、
ぽんさんの人生を救う役目の人ではないかもしれませんね
ぽんさんの人生の「通過点」であると思います。

でも、通過点にも意味はある。
人を好きになれた
依存しすぎる癖に気づいた
自分が孤独に弱いって知った
これ、全部財産です。

だから今は
期待しない、追わない、でも切らない。
それぐらいの気持ちで、新しい出会いや居場所作りをゆっくり
作っていきませんか?

このハスノハも、ぽんさんの新しい居場所になれたらなによりです。

2026年1月14日 17:21
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有り難し
おきもち

山の中の小さなお寺の住職と児童福祉施設で働いております。 毎日いろんな出来事がありますが、そのたびに、「仏教って、生きる力そのものなんだなぁ」と感じる瞬間があります。 ハスノハを始めたのは、友人の僧侶が青空説法で、人の悩みにまっすぐ寄り添っている姿を見たのがきっかけでした。 「自分にも、こんなふうに誰かの心に光を届けることができないだろうか」 そんな思いから、この場に身を置かせてもらっています。

質問者からのお礼

今すぐに執着を無くすことは難しいですが、お話を聞いて少し胸が軽くなりました。ありがとうございます。

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