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自分の不運のことばかり考えてしまいます回答受付中

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有り難し有り難し 1

最近になって自分に起きた不運の理不尽さ、不公平を許せない、という気持ちが湧き上がってくるようになりました。
また、同時に他人に対してとても嫉妬するようになりました。
特に、現状の自分と他人を比べてものすごく心乱されます。
例えば、妹です。
私は母が自死で亡くなったあと、家族のためにと思って家の家事をやったりしていました(父が精神的に病んで引きこもっていた)。
同時に、母の死によって色々なことを考えて自分に自信が持てなくなっていました。進路も本当はやりたいことがあったのにそれに挑戦するのが怖くて踏み出せませんでした。当時は本当に傷つくのが怖くて精神的に引きこもっていました。
ただ妹は私と違い、現在高校生で自分の夢に向かってやりたいことをやっています。希望を持ってポジティブで。
自分ができなかったことをしてる妹が羨ましくてしょうがなく、それに加えて自分は数年前から双極性障害II型と不眠を発症しています。これにより、なぜ自分は頑張ってきたのに報われないのだろう、なぜ余計辛い状況になっているのだろう、どうして自分がこんな目に?と嫉妬と恨めしい気持ちでいっぱいになります。
家族に恵まれている友人なども見ていると嫉妬します。
誰にも頼れなかった自分、甘えられなかった自分と比べ、頼れる家族がいる、健全な精神で病気をせずに普通に生きている。
あなたたちが今幸せに生きているのは親や家族に恵まれている部分があるからだ、と思いこみすごくイライラしてしまいます。
頭の隅では、
・人それぞれに事情があり苦労とか幸福の度合いは私が決めることじゃない
・自分にだって楽しかったり幸せだったり愛されてると感じる瞬間が必ずあった
・物事の悪い面ばかり見ている、視野が狭く偏っている
という自覚はあります。
が、現状を再認識した時にこんな自分は嫌だと強く思います。
特に、現在無職で就職を検討しているのですが、やりたいこととやらなければいけないことが一致しないことが苦痛で、そういう現実を突きつけられた時に、どうしてこんなことになってしまったのだろうと自分の不運を呪い、嘆き、他人に嫉妬する、ということを繰り返しています。
人と比べる度心がぐちゃぐちゃになります。
自分は可哀想なんだから今の弱い自分を認めてほしいという言い訳も浮かんできます。
こういう気持ちはどうすればいいのでしょうか。

2026年6月11日 16:24
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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

役割を離れて、ただの一人の人間に戻っている時間

人の心は、スマホによく似ています。
勉強、部活、人間関係、SNS、進路。

毎日たくさんの情報を処理していると、気づかないうちに充電が減っていきます。
頭では「頑張らなきゃ」と思っていても、心が追いつかなくなることがあります。

そんな時、人を元気にしてくれるのは意外と単純なことです。

太陽の光を浴びること。

風を感じること。

土に触れること。

自然の中を歩くこと。

自分で育てたものを食べること。

冷たい水や温かいお風呂を感じること。

こうしたことは、人が何万年も前から続けてきた「生きる感覚」を思い出させてくれます。

現代は便利になりました。
でも便利になった分だけ、頭ばかり使って、体や心を置き去りにしてしまうことがあります。
だから心が疲れた時は、
「もっと頑張る」よりも、

「まず外へ出る」ことが大切な場合があります。

空を見上げる。

風を感じる。

木や花を眺める。

ただそれだけでも、人の心は少しずつ整っていきます。

心が苦しい時ほど、答えを探す前に、
まず自然の中で深呼吸してみる。

人もまた自然の一部だからです。
だからこそ、心が疲れた時は答えを探すのではなく、五感を使う。

考えることをやめるのではなく、
「感じること」を思い出す。
人は機械ではありません。
自然の中で生きてきた生き物です。
苦しくなった時ほど、

まずは外へ。
そして五感(目・耳・鼻・舌・肌)で今を感じてみる。

それから、また考えてみませんか?

2026年6月12日 11:08
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有り難し
おきもち

山の中の小さなお寺の住職と児童福祉施設で働いております。 毎日いろんな出来事がありますが、そのたびに、「仏教って、生きる力そのものなんだなぁ」と感じる瞬間があります。 ハスノハを始めたのは、友人の僧侶が青空説法で、人の悩みにまっすぐ寄り添っている姿を見たのがきっかけでした。 「自分にも、こんなふうに誰かの心に光を届けることができないだろうか」 そんな思いから、この場に身を置かせてもらっています。

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