舐めた態度の自覚回答受付中
はじめまして。
私は周囲から「舐めた態度を取っている」と指摘されたことがあります。
私自身は人を見下しているつもりはなく、むしろ心の中では、「この人は私にはない良さや価値観を持っていてすごいな」と思っています。
ただ、何回か指摘されたことがあるということは、私に自覚がないだけで周囲を見下すような言動をしているのだと思います。
私は普段、お互いラフに接したい・楽しく話したいという気持ちを大切にしています。
でも、それが相手に不快な思いをさせていたらとても悲しいです。また、そのことに気づかず、自分の楽しさだけを追求していた自分も恥ずかしいです。
とはいえ自分の大切にしたい気持ちも曲げることができず、直したい気持ちと、他人への親しみを持ちたい気持ちとをどうしたら両立させられるだろう?と葛藤しています。
きっと私は己の態度が人を見下していることについて、どこか納得ができていないんだと思います.
でもこのままではダメだとも思うので、何かお言葉をいただけたら嬉しいなと思います。駄文になってしまいましたが、よろしくお願いします。
追記:
今の環境だけだと現状に怠けてしまうと思い、まずは写経とボランティアを始めてみることに決めました。
お坊さんからの回答 1件
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「相手がどう受け取るか」という視点を持つことです
ご自身のお気持ちと周囲からの評価のギャップに悩み、立ち止まってご自身を見つめ直そうとする姿勢、大変立派だと感じます。心の中では相手を尊敬し、楽しくラフに接したいという純粋な親しみがあるからこそ、その葛藤は苦しいですよね。
悪気がないのに結果的に相手を不快にさせてしまうすれ違いは、生きているとどうしても起こるものです。ですから、まずは「自分はダメだ」と過度に責めすぎないでください。
仏教の教えに、苦しみを離れ穏やかに生きるための八つの実践「八正道」があり、その一つに「正語(しょうご)」というものがあります。これは嘘や悪口、無駄話を避け、真実で思いやりのある「正しい言葉」を使うという教えです。
正語の実践において大切なのは、ただマニュアル通りに丁寧な言葉遣いをするだけでなく、「相手がどう受け取るか」という視点を持つことです。あなたの「楽しくラフに」という気持ち自体は決して悪いものではありません。しかし、親しみやすさを心地よいと感じる距離感は人それぞれ異なります。相手の心地よい距離感を観察し、それに合わせた言葉や態度を選ぶこともまた、相手への尊敬の形であり、生きた「正語」の実践となります。
すでに写経やボランティアを始められたとのこと、素晴らしい一歩です。写経で一文字ずつ丁寧に向き合う時間は、言葉の重みや相手への思いやりを育む良い行いになります。ご自身の親しみやすさを捨てずとも、相手を思いやる表現は可能です。焦らず、少しずつ整えていきましょう。
拝
縁起寺 釋聴法



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